マシュセリ

つがいの旅人

「うィー……ヒック! の、み、す、ぎ、た……」
「わはは!! それ誰の真似だっけ?」
「ほら、魔導研究所に入る時にさ」
「ああー! そうか、あのじいさんか。それにしてもロック、おまえ本当に芝居下手だな……」
「オペラでも面白いくらい下手だったもんなぁ」
 くっくっ、と双子で声を合わせて笑うと、ロックはバンダナごと額をかいて口を歪めた。
「ま、そうむくれんなよ。兄貴もそんなに上手くなかったから」
「あれはおまえとセリスが邪魔しなけりゃもっと上手にいってた」
 時刻は真夜中、立食形式だった宴会は、しかし三人の男が床に胡座をかいて座る形になっていた。
「つーかマッシュはどうなんだ?」
 急に話題を振られて、マッシュは酒のせいで多少赤くなった鼻の頭をかく。
「俺か? ……うーん、俺も駄目だろうなぁ」
「確かに想像に難しくないな」
 だいぶ酔っているのか、ロックはげらげらと笑った。顔色に出ないタイプらしく、見た目はいつもと変わらないのだが。
「なあ、そこのボトル取ってくれ」
「まだ飲むのか? おまえ、顔色に出なくても絡み癖がひでぇからなぁ」
 ぶつくさと返しつつも、マッシュはまだ蓋の開いていないワインボトルを手渡した。
「恩に着るぜ、マッシュは? 飲むか?」
「俺はもういいって」
「なんだよ情けねえ! エドガー、おまえは飲むだろ?」
「ま、最後だからな。付き合ってやってもいいぞ」
「ほらぁ! マッシュも飲めよ」
「なんでだよ!」
「いいからいいから、ほらグラス貸せって」
 持ち前の器用さからか、しっかりと握っていたはずのグラスは既にロックに盗まれていた。はいよ、と並々とワインが注がれたグラスが返ってきて、仕方なしにマッシュは腹を括った。
「俺が注がれたら飲み干さなきゃ気が済まないやつだとわかっててのこの仕打ちか。だが受けて立つぜ!」
「そうだ! 今日は一人も寝かせねぇぞ!」
 酔っ払いに相応しく、高らかにげらげらと笑って、ロックは仰け反るようにグラスを呷る。喉を鳴らして飲み干した、と思った途端、はあ、と深く息をしてから、ロックは空のグラスを膝に乗せた。
「……本当に、さ。今日は眠りたくねえんだ。もったいなくて」
「わかる、俺もだ。明日からは冒険は終わり、王様として復興に向けて大忙しだ」
「俺はまたあてもなく宝探しでもするかな、って程度だけどな。マッシュはここに残るのか?」
 うーん、とマッシュは腕を組んで唸る。
「もう師匠からは全ての技は教えていただいてる。兄貴も俺がいなくても平気そうだしな……」
「はは、その通りだ。俺の心配なら要らないぞ」
 マッシュは長らく、これからのことを考えていなかった。なによりケフカを倒さねばならなかったし、その時が来たらどうにかなるだろうとも思っていたから、他に意識が行かなかったのだ。
 自然に考えてみて、フィガロに残って復興を手伝うのが一番かもしれない。だが最も助けを必要としているのは、王のいない国々なのではないのか。

「それに。俺のことより、彼女のことを考えてやったらどうだ?」
「……え?」
 マッシュは数回瞬いて、兄を見つめた。
「誰のことだ?」
 え、と二人は目を丸くさせる。
「だ、誰って、あのなぁ……あれだけずっと一緒にいて、おまえ何とも思ってなかったのか?」
 はあぁ、と兄の深い嘆きがもれる。ロックは、口を曲げてこちらを蔑んだような目で見ていた。
「なんだよ……気ぃ利かせて距離取ってた俺の苦労と!! 悲しみを!! 今すぐ返せよ!」
「は、はぁ? わけがわからねぇ……ロック、おまえはちょっと落ち着け」
 酒が入ったことで、陽気な盗賊は全体的にオーバーリアクションだった。わかったわかった、すまなかったと口先だけでも詫びると、仕方ねえなとコロッと許されてしまった。
 多少場が落ち着いたところで、兄が片膝を立てたまま、こちらを真っ直ぐに見つめて問うた。
「マッシュ。真剣に聞くぞ。……おまえ、本当に誰の話かわかってないのか?」
 マッシュは、わずかに目線を落とす。ほんのわずかなその動きは、しかし双子の兄に見つからないわけがない。
「彼女はちゃんと、おまえのことを好いていると思うが。答えてやらないつもりか?」
 兄は静かに問う。やはり兄には隠せないようだ。マッシュは粗方観念して、目一杯入ったグラスを遮二無二飲み干した。
「……無理強いはしたくねぇから」
 彼女は、頼まれたら断らないだろう。だがもうこれ以上は、誰かの自由を奪いたくない。
「まあ、おまえがそう言うなら俺もこれ以上、とやかくは言わないが……」
 ふ、と兄は口角を上げて、ワインを一口含んだ。一気飲みは信条に反するらしい。マッシュも普段は飲まないし、飲んでもたしなみ程度だったが、今宵ばかりは無理矢理でも酒で流してしまいたかった。
「……ロック、もう一杯くれ」
「いいのかぁ?」
「最後だしな」
 グラスが再び赤紫に染まっていくのを見つめながら、マッシュはたった一人の笑った表情を思った。

コメント

  1. 以前からのストーカー より:

    大好きな作品ばかり先に掲載されて感涙です!
    先日も書き込みさせていただきましたが、きれいな文章、特に情景や心情が浮かぶような言葉選び?が大好きです
    (口づけは…、だと ようやくそばにいられる、みたいな)
    更新は気長にお待ちしてますので、無理しない程度に頑張ってください!

    • いつもありがとうございます~!わたしの原動力です。
      修正できているものから更新しているので、どうしても文庫収録予定のものからになっております。
      改ページの方法を覚えたので、あとは複数作品掲載したときにちゃんと探しやすくなるか、試行錯誤していきたいと思います…
      お褒めの言葉、本当に嬉しい限りです~…言い表せない感謝…
      恐れいりますが、サイトの整理がつくまで今しばらくお待ちください。

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