マシュセリ

つがいの旅人

 破壊神を自称した一人の男は、ついに死に絶えた。戦いの場から帰った戦士たちを暖かく迎えてくれたフィガロでは、盛大な祝勝会が開かれていた。
「お帰りなさいませ陛下!!」
 飛空艇から降りるなり、大勢のメイドたちが花道をつくって頭を下げた。
「そうかぁ、色男って王さまなんだよね」
 リルムがあっけらかんと呟くと、くっくと笑ったのはセッツァーだった。
「すっかり忘れちまってたぜ」
「……君たち、悪口は聞こえないようにする配慮がないと困るな」
 居並ぶメイドたちがわずかに肩を揺らしていたが、エドガーはそれを指摘することはしないで皆に労いの言葉をかける。その堂々とした言葉と態度はやはり王様で、セリスもティナと顔を見合わせて笑ってしまった。
「うぉーっ、すげぇな!」
 広間にはこれでもかと料理が並べられていた。酒も負けず劣らず様々置かれていて、真っ先に声をあげて喜んだのはロックだった。
「一番乗りぃ!」
 子どもじゃあるまいし、とセリスが思ったのと同時に、マッシュが大きな身体でロックを追いかける。
「おいおい、ずるいぞ!」
 もっと大きな子どもがいたみたいだと、おかしいやら呆れるやら、セリスは思わずくすくすと笑ってしまう。
「セリスも早くこっち来いよ!」
 だが、にこやかに手招きする彼は心底楽しげで、その素直さがうらやましいと思った。目を細めてマッシュを見ていると、ぐいと腕を引っ張られた。リルムがこちらを見上げ、にやにやと笑んでいる。
「セリス、呼ばれてるよ?」
「……わかってるっ」
 俄に顔を赤くさせて、セリスはゆっくりと料理の山に向かっていった。
「ほらほら、遅いからロックが一皿みんな食べちまった」
 ロックを小突きながら、マッシュは肩を竦めてみせる。
「え、本当に?もう、ひどい!」
 セリスは腰に手をあてて、ロックを睨む。
「へへーん、早い者勝ちだぜ」
「全部食べるってこと自体、信じられないわよ」
「そうだぞ、人数分作ってあるんだから、普通は一人一個だろ!」
「あー、わかったわかった。もう……平和な世はいつ来るんだろうな」
「貴方が火種になってるんでしょうが……」
 はあ、とセリスがあからさまなため息をつくと、三人とも笑いが抑えられなくなって、三者三様に声をあげて笑ってしまった。そうして一頻り笑ってから、セリスはようやくすべての終わりと平和を実感した。

「なんか、さ……今、すげえ複雑な気持ちなんだよ」
 最初にしみじみと呟いたのは、ロックだった。バンダナを指先で整えながら、彼は天を仰ぐ。
「ケフカの野郎が死んで、嬉しいのが一番なんだけど……これっきりで旅は……あ、いや俺はこれからも旅するんだけどな。みんなとの旅は終わりなんだと思うとさ」
「確かに、なーんか寂しいよな」
 はっ、と、ため息のような、笑い声のような呼吸をして、マッシュは頷いた。
「今までずっと一緒だったのに、急に離ればなれだもんな。賑やかな方が好きだとツラいものがあるよ」
 ずっと一緒だったのに、という何気ない言葉が、セリスの胸を一瞬のうちに貫く。
「……でも、やっぱり喜ばしいことだわ。世界中がそう思ってくれてるはずよ」
「はは、まぁな。たくさんの人が嬉しく思ってくれてんのは、こっちも嬉しいよ」
 にっかりとマッシュは無邪気に笑った。しかしそれに不満そうにロックがぼやく。
「けどよー、気心知れた仲間とは離れがたい気持ちはあるだろ? もう全員集まるのはなかなかないだろうしさぁ」
「そりゃみんなそうだろ。俺だって、好きなやつとは一緒にいたいって思うさ」
「その台詞、エドガーが言ってたら鳥肌モンだな」
「ええ? なんでだよ」
「ほらな、あいつと違ってマッシュの場合は他意がねえから」
 ロックが愉快そうに、セリスに耳打ちする。そうね、と苦笑を返しつつも、他意がないという部分がひどく気にかかってしまう。一緒にいたいと望むような人が、彼にも当然いるのだろうなと思った。

「……セリス?」
 不思議そうにマッシュに呼ばれて、自分が俯いていたことに気がつく。セリスは慌ててにこりと微笑んだ。
「あぁ、なんでもない。少し疲れてるのかも……」
「えっ、そうなのか? それならあっちにソファーがあるから、少し座ってるといい。ああ、料理は食べられるか?」
「ええ、大丈夫。しばらくあっちで座って大人しくしてるわ」
「おう、それがいい。料理、後でいくつか取り分けて持ってくるよ」
「ありがとう」
 くるりと踵を返した途端、セリスは目を伏せた。なんだか、本当に疲れているのかもしれない。あれだけの戦いの後なのだから、当然のことではある。革張りの大きなソファーに腰を下ろし、ふうと息をついてセリスは広間を眺める。
 相変わらずロックとマッシュはなにやら賑やかに笑っているし、エドガーはモグを抱いたままのティナを口説いている。セッツァーは窓辺で一杯たしなみ、カイエンは興味深そうに料理を観察していた。リルムはガウに行儀よく食べさせようと熱心で、ストラゴスもそれを微笑ましく見つめている。
 これが自分の仲間なのだと思うと、とても誇らしかった。セリスはひじ掛けに体重をかけながら、体を楽にする。
 すると、窓辺で空を見上げていたセッツァーがこちらに気付き、歩み寄ってきた。
「よぉ、どうした?」
「いいえ。ただ少し、疲れが出てしまって」
「一杯飲むか? 気張らしになるぜ」
「飲んだくれが言うと、説得力が違うわね」
 セッツァーは在りし日の翼を無くしていた時のことを思い出したのか、バツが悪そうに顔を歪めた。
「……何がいい。果実酒か?」
「適当に見繕って」
「なら文句言うなよ。ま、フィガロの酒はそこそこ上等だがな」
 ほら、と手渡されたシャンパングラスに、セッツァーがスパークリングワインを注いでくれた。
「赤より白の方が好みなんだけど」
「注いでもらってる分際であーだこーだ言うな」
 セッツァーは口を曲げながら、自身の空いたワイングラスに同じものを注ぎ、顔の高さに掲げる。
「さて、何に乾杯する?」
「そうね……何がいいかしら」
 セリスもグラスを掲げ、首を傾げた。その時に、セッツァーの背後に近づく大きな影に気がついた。セリスがそちらを見上げると、セッツァーも不審そうに振り返る。途端、舌打ちをしながらもセッツァーは笑った。
「……お前なら何に乾杯する?」

「故郷に乾杯、だな」
 料理を数種類乗せた皿を片手に、マッシュは満面の笑みで答える。
「ちっ、良い時に邪魔しにきやがって……」
「すまねえな、セリスに届け物があったから」
「ありがとう」
「おう」
 受け取った皿にはセンスよく料理が盛られていて、しかも大半が好みのものだった。皿を膝の上に乗せて、セリスはマッシュを見上げて微笑む。
「どれも美味しそう!」
「だろ? うちのメイドたちは料理がうまいんだぜ」
 はっは、と笑う彼を、セッツァーが忌々しそうに睨む。
「……暑苦しいヤツ」
 そう言い捨てて、セッツァーは並々と入っていたグラスを呷り、一口で空にさせていた。
「まぁ、疲れてんなら無理はするなよ。残したって構わねえから」
「そんな心配するほどじゃないわ」
「そうか? あ、そうだ」
 マッシュはぽんと手を叩く。
「なんなら、俺の部屋のベッド使うといいぜ。兄貴のに負けず劣らず良いベッドだから」
「えっ? で、でも」
「やー、正直、あんなに跳ねるベッドだと逆に落ち着かなくてさ」
 困ったふうに、マッシュは髪をかく。十年も庶民的に暮らしていたし、ここ最近も安宿ばかりで、彼の気持ちは確かにわからなくもない。
「客室と違って個室だし、ゆっくり眠れることは保証するぜ」
「けど」
「いーんじゃねえか?」
 そもそもそこまで体調が悪いわけでもなく、気が引けていたセリスを押し出したのは、セッツァーだった。
「王様のベッドで寝ちゃおっと、なんて名言もあるわけだし。ま、コイツは王様じゃねえけど」
「はは、けどソックリさんだな」
「そりゃ双子なんだから……」

コメント

  1. 以前からのストーカー より:

    大好きな作品ばかり先に掲載されて感涙です!
    先日も書き込みさせていただきましたが、きれいな文章、特に情景や心情が浮かぶような言葉選び?が大好きです
    (口づけは…、だと ようやくそばにいられる、みたいな)
    更新は気長にお待ちしてますので、無理しない程度に頑張ってください!

    • いつもありがとうございます~!わたしの原動力です。
      修正できているものから更新しているので、どうしても文庫収録予定のものからになっております。
      改ページの方法を覚えたので、あとは複数作品掲載したときにちゃんと探しやすくなるか、試行錯誤していきたいと思います…
      お褒めの言葉、本当に嬉しい限りです~…言い表せない感謝…
      恐れいりますが、サイトの整理がつくまで今しばらくお待ちください。

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