マシュセリ

ゆっくり、紡いで


「……帰ってこないな」
 その頃、マッシュの部屋で話し込んだままでいたセッツァーは、同じくの相手のエドガーに向かって呟いた。
「わかりきったことだろう」
 エドガーはしれっとした顔で、チェスの駒を動かす。途中、手持無沙汰になってきたセッツァーが部屋に持ち込んだ遊び道具だ。
「……アンタ相手だと、頭を使わせられるな」
 ち、と舌打ちしてから、セッツァーも残りわずかな駒に手を伸ばす。
「これがアンタの弟だったら、俺がもう五回は勝ってると思うんだがな」
「ああ見えて、マッシュの奴も多少はできるよ」
「ほう、意外だな。それならまあ……一番の勝負に俺が負けちまったってのも、納得できるかもしれん」
「ま、こういうのは案外、深く考え過ぎない方がいい時もある。そういうところの違いじゃないか?」
「……一理あるな。あのじゃじゃ馬、賢いくせに、回りくどく言ってわかるやつじゃないからな、そういうことに関しては」
「そこが彼女の可愛いところじゃないか。そうだろ?」
「まあ、からかい甲斐のあるところではあるな。反応がいちいち面白いんだよ」
 喋っている間も、黙々とチェスの試合は続いている。まったく、他人の部屋で何をしているのだろうかとお互い思ってはいるのだが。
「いやはや、彼女は随分と変わったな、もちろん良い意味で」
「アンタの弟のぼんくら加減はあんま変わってない気がするけどな」
「……悪かったな、ぼんくらで!」
 お、とセッツァーは声のした背後を振り返る。
「思ったより早かったじゃねえか。まあ、そんなに気にするなよ。土壇場で緊張してうまくいかないってことはよく聞くぜ?」
 そのからかいに、部屋の主は眉間をぴくぴくさせながら腕を組んだ。
「何もしてねぇよ!ったく、ひとの部屋で好き勝手言いやがって……っていうか二人とも何してんだよ?」
「何って、負け続けるのも癪に触るからな。ちょっとした息抜きだ」
「おや、その言いぐさは聞き捨てならないな、私も簡単に勝たせるつもりはないぞ」
「おっ、言うねぇ。これで負けたら、色男の看板も弟に渡した方がいいんじゃないのか?」
 自分がからかわれているのだとなんとなく察し、マッシュは苦々しい顔でそれを断った。
「……そんな称号いらん!」
「断られてるぞ。残念だな、元色男」
 げらげら笑うセッツァーを後目に、エドガーはひとつ咳払いしてから、優しく弟を見上げた。
「……ま、おまえなりに真摯に向き合ってみることだ。彼女もその方が嬉しいだろう」
「うん、まぁ……そもそもあいつが俺のことを、ってこととか、色々驚いてはいるんだけどさ」
 やっぱりそこからか、と二人がため息を吐きそうになった瞬間、マッシュは笑みを噛み殺すような表情で呟いた。
「……傷付けないように、してやりたい。あいつの傍で、支えてやりたいと思う」
 そう言うマッシュはひどく照れてはいたが、同時にいつも以上に精悍な顔つきをしていた。すっかり一人前の男になっちまいやがって、と、エドガーは複雑な顔で、弟の背中をばしりと叩く。そんな双子たちを横目で見ながら、セッツァーは素早くエドガーの駒をひとつ懐にしまい入れて、にやりと笑って自軍の駒を動かした。
「チェックメイト、だ」


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