セツセリ

あなたは天使を信じますか?

 よし、と俺はペンをインク壺に差した。ようやく記事が完成したのだ。
「レイチェルー!!できたぞ!」
 家中に響く声で叫ぶと、明るい声が返ってくる。
「ほんと!?見せて見せて!!」
 俺の読者第一号はいつもレイチェルだった。どんな記事でも面白がって、次は一緒に連れていってほしいとせがむのだ。しかし秘境なので、レイチェルを連れていくのはあまりに危険なことだ。だから俺には、例えレイチェルの願いだとしてもこれだけは叶えてやれない。
「ふんふん。へぇー!バレンの滝の脇道ね」
「初めて見る生き物がわんさかいたんだぜ」
「すごい。良かったね、ロック」
 レイチェルはいつも、まるで自分のことのように笑ってくれる。記事が評価されなくたって、それだけで俺は良かった。
「なあ、レイチェル」
「なぁに?」
「ドマ観光の話だけどさ。仕事、キャンセルしたんだ。だから、一緒に行こうぜ」
 え、とレイチェルは思わず記事の原稿を取り落としそうになる。
「……え、ほんとに?」
「ああ。明日にでも出発しようか」
「え、え、ほんと!?やった!嬉しい!ありがとうロック!」
 きゃあきゃあ騒いで抱きついてくるレイチェルを受け止めながら、こんなことでこんなにも喜んでくれることが嬉しいと思った。
「じゃあ何日くらい行く?」
「えっ……ああ、そうだな」
 俺は、迷った。知らない土地の方がレイチェルは危険なのではないかと。しかしレイチェルの死因を聞き忘れたせいで、早く帰るべきなのかそうでないのか決定しにくい。
「今夜ゆっくり考えようぜ」
「うんっ」
 あたたかくて、やわらかくて、優しい香りがする、俺のレイチェル。
 レイチェルが死ぬわけがない。いや、もしもそうだとしても。
「俺が必ず守ってやるから。安心しろ」
「大袈裟すぎよ、ロック。ちょっとした旅行じゃない」
「そうだな……」
 レイチェルの声が、なによりも俺を落ち着かせた。だが、ふと視界の隅に入ってきたのは。
 天使の羽。あれは夢じゃない。
 あの天使は、なぜ俺の元へ現れたのか。確か、レイチェルを失った俺は災いをもたらすと言っていた。
 天使だと言うのなら、レイチェルを助ければいいのに。そんな力もないのに天使を名乗るのかと。俺はあの天使を恨んだ。
 
 

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