FE聖魔

切っ先

 ついに王都奪還を果たしたルネス軍。
 すっかり荒れ果てていた城は、主の帰還を待ちわびていた民の歓声に包まれていた。
 歓びに沸くのは何も民だけでない。ルネス王子、王女はもちろんのこと、その下について戦ってきた戦士たちもまた、長きに渡る戦いに一区切りがついたことに安堵していた。

 城内には一軍が丸々寝泊まりできる程のスペースがあり、久しぶりのゆっくりした夜食を平らげた後は、戦士たちは各々の夜を過ごしていた。
 とりわけ、ルネス騎士であるフォルデは、懐かしいルネス城に戻ってきたことを喜んでいた。
 明日からは、ロストンへ向けて出発することがわかっている。やっと取り返した城なのに、もう行かねばならないのだ。
 この景色を目に焼き付けていこうと、結わいた金の髪を揺らし、フォルデはランプを片手にさしたる目的もなく城内を彷徨っていた。

 廊下の壁掛け絵。
 床一面の絨毯。
 少し薄汚れてしまったが、すべて変わっていないことにひどく安堵した。
 そうしていて不思議と目に留まった、先王ファードの肖像画の目の前で立ち止まって、フォルデはしばし昔日の残照に想いを巡らす。あたたかな日の光に照らされた中庭で、微笑みだけが存在していたあの日。

 戦わない騎士は、ただの穀潰しだ。それでも、フォルデは戦いが嫌いだった。剣を振るって敵と呼ぶ人間の命を奪い、平和に暮らす人々に恐れを与え、それで何になるのか。
 争いとはいつも赤黒く錆びた色をしていて、何も美しくはないというのに。目に映えるような、眩しいくらいに明るい幸せの色には程遠いというのに。

 だが、そうとわかっていても戦うことはやめられない。
 奪うことでしか守れないものがあるから。
 弟や、ルネス王家や、守るべき大切な人たちの為に、彩りのある世界があると知らない人々に安寧をもたらす為に、そしてその世界を守る為に。

 心中とは裏腹に、フォルデはのんびりと欠伸をもらす。もう夜中、すでに就寝した仲間も多いはずだ。
 明日は一日中行軍だろうし、自分もそろそろ寝よう、とフォルデは肖像画から目を離した。

 と、廊下の先の暗闇から、見慣れた色が近づいてきた。

「お? ヴァネッサじゃないか」
 穏やかな緑のおさげを揺らし、ヴァネッサはフォルデだと気付いて立ち止まった。
「……フォルデ、だったのね。何をしていたの?」
 ヴァネッサは少し怪訝な表情で問いかけ、こちらを見ようとしなかった。
「いや、特に何もないけど」
「こんな夜中に出歩くのは、感心できません」
「いや、そんなこと言われても……そう言う君も出歩いてるだろ?」
 そう言われるなり、ヴァネッサはキッとフォルデを睨んだ。なんとなく、いつもより鋭く、人を寄せ付けない凄みすらある気がする。
「私はただの見回りです!」
「へえ、知らなかったよ。俺の知らないところでも頑張ってるんだなぁ……やっぱり、フレリア王子の命令なのかい?」
「ち、違います……貴方みたいな人がいるから、私が見回る必要が出てくるんです!」
「まあまあ、そうカッカするなよ。冗談だ」
「またそうやって茶化して……! だから、私は……貴方みたいな人は、嫌いなんですっ!」
 暗い、静かな廊下にヴァネッサの声は響き、フォルデの鼓膜を幾度と無く震わせる。
 絞り出すような突然のヴァネッサの一言。呆れたとかだらしないとか、その程度のことはむしろ関心を持たれているのだと嬉しかったのに、真っ正面から嫌いだと告げられて、からかっていたのは自分の筈なのに、正直、少し堪えた。
 呆然とするフォルデに気付き、慌ててヴァネッサは視線を下に向けた。
「……わかったなら、もう、私に構わないですぐに部屋に戻ってください」
 もう私に構わないで、という言葉にいつも以上の拒絶が隠っているように感じられて、フォルデは胸を鷲掴みされたような気がした。
「あ、いや……すまなかった、ヴァネッサ……」
「構いません。……フォルデ、さん」
 ぐさり、と音がしたかと思った。嫌いだと突き飛ばされた挙げ句、距離感のある敬語でとどめを刺された。まるで、寄るなと言わんばかりに。
 唇を固く結んだまま、ヴァネッサはくるりと踵を返した。
「ヴァネッサ!!」
 揺れる三つ編みが目に焼き付いて、思わずフォルデは手を伸ばして引き留めてしまった。
 驚いて、ヴァネッサはさっと振り返った。瞬間、舞う風に心が大きく跳ねる。とても良い香りの、風だった。
「な、なに……?」
 ヴァネッサの意外に細い手首を強く掴み、フォルデは自分でも訳がわからないまま彼女の深緑の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「どうして逃げるんだ?」
「ど、どうしてって……は、離して!」
 ヴァネッサは顔を真っ赤にしてそれを振り払うと、飛び跳ねるように後ずさった。そんなに警戒しなくとも、と思ったが、その顔を見ればとても軽口をたたける雰囲気ではなかった。
 だが、その一瞬は、己の気持ちを理解するには、フォルデには十分すぎる時間だった。美しい武器は、人の命だけでは飽き足らず、心までをも魅了する。
 彼女もまた、そうなのだと。だが、彼女は隣国フレリアの騎士。フォルデの剣でもなく、槍でもなく。傍にいる理由もない。
「……王子がうらやましいね」
「何を……いい加減に休んでください!」
「わかったわかった。君もな」
 フォルデは軽薄に笑んで、怒るばかりのヴァネッサを見送った。今は、まだ。見送ることしか、己にはできないから。

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