セツセリ

肝心要の心臓部

 それから。帝国の裏切り、そしてケフカの裏切りによって世界は崩壊してしまった。その時にブラックジャック号もまた大破したのはセリスも覚えていた。
 もう一つ翼がある、とセッツァーが言ったのにはセリスは正直、ひどく驚いた。彼にはブラックジャック号しか似合わないだろうとも思っていた。
「よう。結局あれから一年ぶりだな、歓迎しよう」
 新たな飛空艇ファルコン号の機関室は、ブラックジャック号と変わらずうるさく、油臭く、そして暑かった。セッツァーはあの時と同じようにコートを脱いでいて、なにやら工具を片手に作業をしている。
「部屋にいないから……本当にいるとは思わなかったわ」
「こいつももう俺の船だからな。機嫌を損ねられたら敵わん」
「……てっきり甲板の方かとも思ったんだけど」
 セリスの呟きが聞こえたのか否か、セッツァーは意味深に、笑んだ。
「久しぶりに手伝ってくか?」
「……どうかしら。機嫌を損ねられたら困るんでしょう?」
 漠然と、ファルコンはセッツァー以外に触れてほしいとは思っていないのではないかと、セリスは感じていた。それはセッツァーがそう思っているのでは、ということでもあったし、前の持ち主だったというその人もまた、そう思っていたのではないかと。そこに、セリスには立ち入れない絆があったのではないかと思った。
「俺が一番困るのは、アンタの機嫌を損ねる方だ。……歓迎すると言ったろう?」
「空中分解したいなら止めないけど」
 以前言われたそのままに返すと、セッツァーは不意に手を止めて、セリスをじっと見た。その目は今もどこか薄情な印象があるのに、しかし誰よりも真っ直ぐにセリスだけを射止める。
「アンタとなら構わないぜ、……セリス」
 難なく言い放って、セッツァーはまた、セリスに工具を手渡してきた。相変わらず重たいそれを受け取ったはいいものの、セリスは思わず目を逸らす。
「ああ、それとも他に用でもあったか?」
「……いえ、そういうわけじゃ、」
「なら手伝ってけよ。聞きたいんだろう?俺の話」 
 だからそういうことではない、と否定しようとして、待ち構えていたような視線に当てられて、セリスは押し黙った。
 かつての友、とセッツァーは言ったが、そんな程度では言い表せない関係があったのではと思うと、なんとも言えないもやもやした気持ちになる。あんなにもオペラの人気女優に入れあげていた風な割に、実は単純には割り切れない過去を抱いていたというと、なんだか不誠実というか。少なくとも彼は、そういう人ではないと思っていた。
 セリスが唇をやや尖らせたままおもむろに機器を確認し始めると、セッツァーはポツリと話を漏らし始めた。
「……ダリルはアンタとは似ても似つかない、変な奴だったよ」
「え?」
「俺は何一つ奴には敵わなかった。……永遠に勝たしてもらえない、そういう相手さ」
 思わず、甲板に立ってダリルの帰りを永遠に待ち続けるセッツァーを想像して、セリスは唇を引き結んだ。風に慰められて、永久に過ごすつもりでもあるのか、と思って、その顔色を窺う。
「ふ。何、もう過去の話だ。むしろ奴は二度と俺には勝てない。……あとは俺の勝ち逃げってことだ」
 思いのほか、セッツァーの目は穏やかだった。遠くを見て、それを過去と受け止めきっている。
「セッツァー、あなたは……」
 風以外を友とせず、一人流れていく雲のように過ごすのだろうか。共に飛ぶ翼はとっくに絶えて、それでも気ままに、風に任せて。
「俺が、なんだ?」
 珍しく、セッツァーは短くそれだけをセリスに問うた。だが、言葉がうまく紡げない。一人で飛んで生きるというその口で、いつでも歓迎するなど、何故そんなことを言うのだろう。その場所は、決していつもそこにあるわけではないのに。
「……難しい人だわ」
「難しい?……そうか?」
「だって……」
 セリスは手を止めて、顔を歪めた。
「……何を求めているの?」
 問いかけにセッツァーはきょとんとしてから、しばらくセリスを見つめる。じっとりと時間が流れるのが遅くなったかのようだった。
「それはな、セリス、」
 つと、セリスの髪にセッツァーの手が伸びた。セリスはぎくりとして、身を固める。
「……遠いとうまく見えないだけだ」
 指先に髪を軽く巻き取って、セッツァーはそれを自らの唇に寄せて、笑んだ。
「もっと近づいて見たらどうだ?例えば、」
 こう、とセッツァーが腰をするりと抱いて、距離を限りなく縮めてくる。セリスはすっかり動転して、セッツァーの胸元を手で突っぱねるしかない。
「ちょ、ちょっと」
「なんだ?遠慮すんな、……うぉ?!」
 至近距離で低い声で言われて、セリスはつい、手にした工具でぼかりと頭を叩こうとして、すんでの所で避けられる。
「おい!危ねぇだろ!!」
「だ、だって」
 声は荒げているが、セッツァーは愉快そうでもある。なんとかこんな危険な行為の言い訳をつけなくては、とセリスは工具をぎゅうと抱いた。
「ほら、音で判別……しようかと思って!」
 途端、セッツァーは一瞬放心した表情をしてから、噴き出した。ひいひいと堪えるように笑われて、釣られてセリスも真っ赤になってしまった。
「いや、悪い。音で判別とは恐れ入る」
「ど、どうも……」
「だが毎回頭をかち割られちゃ収支が合わねえ。こっちにしてくれ」
 セリスの手から工具を抜き取って、セッツァーはその手首を掴んで自らの胸元に当てた。薄いシャツ越しに体温と、わずかな鼓動が手のひらに伝わる。
「どうだ?」
「ど、どうもこうも……普通を知らないもの、判断できないわ」
「そりゃあそうだ。それなら、アンタが一人前になるまで付き合ってやろう」
 くつくつ笑って、セッツァーは顔の傷を歪めさせる。
「……毎日来いよ、セリス。なんだって教えてやるさ、アンタの望むまま」
 真剣な面持ちでそれだけ言うと、セッツァーはセリスからぱっと離れて、工具をくるりと回して作業に戻ってしまった。なんて態度なの、とセリスは真っ赤になったまま、それでもここから黙って逃げ去ることなどできないと、セッツァーの手元から工具を引ったくった。
「おい、」
「早速今からどうぞ」
「……やる気十分だな、相変わらず」
 愉快そうに笑ったセッツァーに少し気分が良くなって、セリスは眉を上げてセッツァーを見返した。
 歓迎すると言ったのだから、この場所での振る舞いすらも自由にしてしまえ。当てつけのようにそう思ったが、それは既にギャンブラーの術中にあったことを、セリスはそのうちに気がつくことになる。
 

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