マシュセリ

恋のはじまり5題×2


 
 
 6、やけに格好良く見えた

 世界が滅茶苦茶になってから、一年。そんなに時間が経っているなんて思いもしなかったのだが、シドのいる孤島を旅立ってから目にした町々は、すっかり疲弊し切っていた。
 帝国占領下の町のような猜疑心、あるいはゾゾの町のような不信感が、世界規模で蔓延していると言っても良いだろう。
 そんな中で、最初に再会したかつての仲間、マッシュは、驚くほど以前と変わりがなかった。
 快活で、わけもなく楽天的で、力強い。そんな彼と出会えたことは、世界崩壊前からその強さに一目置いていたということもあって、とても幸運だったといえる。
 背中を任せて戦える相手というのは、この人生のなかではレオの他にはいなかった。これほどまでに鍛えた男がこの世にまさか二人もいるとは、思いもしないことだった。
 それに、マッシュは旅慣れていた。セリスが眠っていた一年をずっと一人旅していたという話だから、当然といえば当然なのだが。

「うーん、それじゃちょっと軽装すぎるよなぁ」
 大それた準備をして孤島から出てきたわけではなかったから、まず彼には、旅支度の面倒を見てもらわなければならなかった。
 外套ひとつを取っても、いまの世界の状況に合う厚さなどを彼は良く知っていた。
「ここら辺なら、この一年で俺が踏破したから地図はあるけど、蛇の道から北はまだ行ったことがねぇんだ。荷物は多めにしとくべきだろうぜ」
 驚くことに、瓦礫の塔がそびえ立つこの大陸を、彼はこの一年で完全に歩き切ったのだという。彼が作った簡易な地図は、しかし非常に精巧なものだった。
「貴方、地図まで書けたのね……」
「最初はそんなつもりはなかったんだけどな。簡単なやつでいいから作ってくれって頼まれて、妙に凝っちまって」
本当ならフィガロに帰りたいと思っていただろうに。頼まれたら、断れなかったのだろう。
「ま、でも結果的にはそれで良かったよなぁ」
「?どうして?」
 マッシュは、ハンガーに掛けられて並ぶコートを一々眺めながら、にっと口角を上げた。
「そうじゃなかったら、俺はこうしてセリスには会えてねぇからさ」
「……そうね」
 彼が旅急いでいたとしたら、こうしてツェンで出会えたわけがない。彼の甘さに、自分は救われているのだと、セリスは深く頷いた。
「お、これとか良いんじゃないか?」
 それを知ってか知らずか、マッシュは厚手のコートをひとつ選び出してセリスに向ける。機能重視で選ぶのだろう、と思って見ていたのだが、彼が差し出したコートはどうしてなかなか見た目が良かった。
 そういえば、この人は昔は高価なものに囲まれていて、物を見る目があったのだった。
「どうだ?」
「あ、うん。……マッシュがそう言うなら」
 そーか、と彼は簡潔に答えて、それを店員へ渡す。すっかり値段を確認し忘れていたことに気づいて、セリスはわずかに慌てたのだが、彼が店員と親しげに会話をしている方に気を取られてしまった。
「よし、じゃあ次な」
「あの店員とは知り合いなの?」
「おう。まぁ結構長くこの町にいたからさ」
 そう、と返しながら、しかし実感はなかった。町の宿に長く滞在したとて、町人とあんなに親しくなれるものだろうか。
「ええと。次は、保存食と野宿用の道具だな」
 そう言って、町を知り尽くしている彼はすたすたと歩き出していく。セリスはどうすることもできず、ただひたすらに彼について店を回った。
 だが無性に心配ではあった。お金は足りるのだろうか。
「あ、マッシュ、その……私、金貨はいくらか持ってるから」
「ん?ああ、そうなのか」
 自分で払う、と金貨の袋を手渡そうとしたが、その手をマッシュは優しく押し返す。
「心配しなくても大丈夫だぜ。格安にしてもらってっから」
 にっ、と彼は笑い、品物を袋詰めしている店員を指さした。店員はそれを聞いて、同じようににこりと笑った。
「マッシュさんには色々と助けてもらったからね。これくらいさせてもらわないと」
 眉を寄せていると、そう言って店員が伝票を見せてくれた。かなり割引をしてもらっていることは、さすがのセリスでもすぐにわかった。

 旅の荷物をすっかり整えて宿に戻る道中、セリスはもやもやとして何も言えなかった。
 世界を崩壊させた張本人を倒す。そう強く決めて旅に出たのに、自分はあまりにものを知らない。マッシュに出会えたから良かったものの、今まで自分自身を過大評価していたのかもしれないとも思った。
「……セリス?具合でも悪いのか?」
「え?あ、いえ……」
「俺が荷物持とうか」
「あっ、本当にいいから!せめて荷物くらい、自分で運ぶわ」
 既に大量の荷物を抱えているにも関わらず易々と伸びてくる腕をかわし、セリスは手中の荷物を持ち直す。これ以上おんぶに抱っこになるのは、さすがに気が引けた。
 それでも、彼は簡単に荷物を持ってはくれるのだろうけれど。
 自分で何でもできる、ということは、とても凄いことだ。自分について周りに何も迷惑をかけないどころか、周りを手伝う余裕すらあるということだから。
 マッシュは無闇やたらに他人に手を差し出しているわけではない。自分に余裕があるからこそ、それができるのだ。
 彼は、大きい。セリスはそれを痛感した。
「宿に着いたら、荷物整理して、明日の出発に備えましょうね」
 自らに言い聞かせるように予定を告げると、マッシュはにこりと笑って頷いた。
「ああ、そうだな」
 言わずとも彼はわかっていただろうに、まるでセリスの意見を尊重するかのように肯定する。彼が敢えてそうしたのか、無意識でそうしたのかはわからなかった。
 胸に抱いた紙袋を強く体に寄せて、セリスはこっそりとマッシュを見上げる。
 この人の大きさを、いつか超えられるだろうか。
「……マッシュ。これから、改めてよろしくお願いするわ」
「ん?おお、こちらこそ!よろしくな!」
 に、と笑った彼は、ひどく優しげに目を細めていた。

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