マシュセリ

恋のはじまり5題×2



 5、愛しいと気づいた

 破壊の神との戦いは、文字通り総力戦だった。仲間たちはみな、死力を尽くして戦い切った。
ここで負けることは、許されなかった。他の誰にでもない、自分自身に。
 傷口から絶え間無く血が溢れようと、地を蹴り、駆け出さねばならなかった。あと一撃、せめてあと一撃。仲間の負担を少しでも減らそうと、全員がそう考えていたに違いない。
 人間の想いの力というものは、侮れないものだなとつくづく思う。
 すべてを出し尽くしたと思っても、まだ膝が折れない。腕が下がらない。
 力が、無尽蔵に湧き出ているような気がした。そしてそれは事実、セリスとティナ、二人による魔法の支援があるおかげでもあった。
 二人の魔力も、とうに尽きていてもおかしくはない。命を燃やしているのではないかというほど、彼女たちも必死だった。その奮闘を背中に感じながら、戦わねばならぬともう一度駆け出した。

 いつ、戦いが終わっていたのか。呆然としていたからか、はっきりとした記憶にはない。だが、気がつけば飛空艇の甲板の上で、崩れ行く瓦礫の塔を眺めていた。
 文字通り瓦解した塔の背後から、まばゆい朝の日差しが現れ出る。
「……終わった、んだよな」
 まだふわふわとした気分で、現実味がなかった。そしてそれに、返ってくる言葉もなかった。
 甲板にいる仲間たちは、みな一様にボロボロで、疲弊し切って座り込んでいる。怪我で酷い状態だというのに立っていられるのは、マッシュくらいなものだった。
「ケフカは……死んだんだよな」
 確かめるように、言葉に出す。
「心配しなくても、夢じゃないわよ」
 優しく答えたのは、セリスだった。ぺたりと座り、彼女は朝日の方を見つめている。
 他人の口からはっきりと聞いて、ようやくマッシュも尻餅をつくようにその場に座った。
「大丈夫?」
 セリスは乾いた血がついた顔をこちらへ向けた。
「セリスの方こそ。魔力、なくなったんだろ?平気なのかよ」
「うん……」
 うつむいて、彼女は表情をくもらせる。
「身体は、なんともないの。けど……」
 複雑そうな、表情だった。嬉しいとも悲しいともつかない、形容し難い感情が沸いているのだろう。
 しばし沈黙してから、セリスはふるふると首を振って、寂しげに笑った。
「……もう、いいわ。とりあえず、全部終わったって、おじいちゃんに伝えに行かなきゃ」
「そうだな。喜んでくれるよ」
 うん、とセリスは頷く。
 彼女がシドと笑い合って、幸せそうにしているのを考えるだけで、とても嬉しかった。だが。
「……セリスはシドんとこに残るつもりなのか?」
 マッシュは、セリスを見ることができなかった。
「ええ、そのつもり」
 そう返ってくると知っていたからだ。そしてその声色に、迷いが何一つないことも。
「マッシュはまた山籠り?これからは心行くまで修行できるものね」
 そうだな、と笑みを返して。どうしてこんなにも、空しいのだろうかと思った。
 みんながみんな、元のあるべき所へ帰るだけ。そんな喜ばしいことに対して、何故こうも空虚な気持ちになってしまうのだろう。
 きっと、戦いが終わったからだ、とマッシュは朝日を見つめた。

 飛空艇は、風を切って空を走り行く。目指すのはフィガロだ。到着すれば、そこで自分と兄は飛空艇を降りる。その瞬間が、仲間たちとの旅の終わりだった。
 長らく使ってきた部屋とも、お別れだ。荷物を整理して、降下サインが鳴るのを待つ。
「マッシュ、そろそろだ」
 ノックをしたのは、兄だった。
「みんなに挨拶をしに行こう」
 慌てて迎え入れると、爽やかに兄は言った。別れの挨拶とはいえ、全員がこの日を待ち望んでいたのだから、その態度は正しい。
「……?どうした、浮かない顔をして」
 うん、とマッシュは珍しく弱気のこもった声を出してしまう。兄はすぐに察して、ぽんぽんとマッシュの肩を叩いた。
「別れには違いないが、今生の別れではない。会いたいと思ったらいつだって、会いにいけるんだ」
 それは、よくわかっている。離れていても、仲間の絆が無くなるわけではないのだと。だが、そうではない。この胸にくすぶる感情は、ただの寂しさというには余りにもむず痒かった。
「……会いたい、じゃないからだ」
「うん?」
 ふとした瞬間に懐かしくなって会いたいとか、そんなものではないのだ。彼女の過去を懐かしがりたいわけでは決してない。
「一緒にいたいんだ」
 彼女のいまを、見ていたいのだ。彼女の傍近くで、笑い合って。
「……誰と?」
 くす、と兄は微笑んで問うた。

 着陸を知らせるサインが、飛空艇に響いていた。
 次々と仲間たちが見送りに現れるなか、当然、彼女もそちら側に立っていた。
「みんな、今までありがとうな」
 並ぶ仲間たちに、マッシュは簡潔に礼を言う。無駄に言葉にする必要はなかった。
「そんで……」
 手にした荷物を一度その場に下ろして、マッシュは彼女の目の前に歩み寄った。不思議そうに瞬く彼女の手をそっと取り、握る。
「セリス」
「えっ……な、なに?どうしたの?」
 よほど唐突だったのか、彼女は珍しいほどに驚いて、目を見開いた。
「シドと一緒に、フィガロに来るつもりはねえかな」
「……おじいちゃんと?」
「あの人くらいの技術者なら、フィガロだったらいくらでも食っていける。これから兄貴は政治にかかりきりになるだろうし、シドが来てくれたら、すごく助かる」
 考えてもないことが、まるでずっと前から温めていたアイデアのように口から出ていく。だが、こんな言葉は嘘っぱちだ、と思った。
「いや。……悪い、それだけじゃなくて、だな……」
 セリスは呆然と、こちらを見上げている。
「セリスに、フィガロへ……いや!俺のところへ来てほしいんだ!」
「えっ?」
 ぴたりと彼女は硬直した。途端、みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。
「え、えっ……それって、その、あの、つまり……」
 混乱しているようで視線が定まらない彼女の手を、しっかりと両手で握りしめて、マッシュは強く頷いた。
「セリスが一緒にいてくれないと、どうにもダメみたいだ。……今ここで返事してくれとは言わねえけどよ」
「マッシュ……」
 信じられない、という目を彼女はしていた。だが、否定的ではないことは、握り返された手のひらから伝わってくる。負け戦では決してないのだということが。
「好きだ。……だから、フィガロで待ってる」
 にっ、と笑い、マッシュは彼女から手を離した。セリスはそのままの姿勢で固まっていた。
 あとは、彼女とシドで話し合って決めてくれればいい。自分に出来ることは、もうないのだ。
 くるりと踵を返した途端、ずっと話の行方を窺っていた周囲がきゃあきゃあと騒ぎ出す。無理もない。突拍子のないことを言ったという自覚はあった。こんな中に彼女ひとりを置き去りにするのは少し胸が痛んだが、決断そのものに外野はなにも関係ない。周りがどう思おうとも、彼女が決めなくてはならないのだから。
 これは、一世一代の賭けになるのか、どうなのか。ともかく、確率は結果が出たときにわかるだろう。
 足下に置いていた荷物を再び担いで。
「じゃあ、またな!」
 マッシュは兄とともに、フィガロへと帰還したのだった。

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