マシュセリ

恋のはじまり5題×2


 4、この時が続いてほしいと願った

 セリスを孤島に迎えに行ったのは、翌日の夕方だった。たった一泊だけしか時間がなかった代わりに、その日のギリギリまで彼女をシドと過ごさせてやろう、という船首の隠れた意向のためだ。
「ずいぶん遅かったのね。私だけ置いてきぼりで決戦に行くつもりなんじゃないかと疑うところだったわ」
 一日ぶりに乗船したセリスは、わざとらしく口を尖らせた。
「まさか。セリス抜きじゃ、勝てる戦いも勝てねえよ」
 真っ先に、そう声を返すと、セリスは青い目を瞬かせてこちらを見た。
「貴方にそう言われると、なんだかすごく説得力があるわね」
「ん?そうか?」
「マッシュはいい目をしてるから。ほら、前にも私に色々とアドバイスしてくれたじゃない?」
「そうだなぁ。目がいい、か……そりゃ嬉しいねぇ」
 マッシュは腕を組んで、快活に笑んだ。その背後から、粋な船首が呆れた風にぼやく。
「アンタたち、なにお互いに褒めあってるんだ……」
 いかにも気味悪そうに言われて、セリスが咄嗟に眉間を寄せた。からかって彼女を怒らせるのはセッツァーの遊びの常套だから、仕方ないことだ。
「セッツァーも褒められたいってさ」
 一日、セリスがいなかったことを一番気にかけていたのは、セッツァーなのかもしれない。いい歳をして気持ちを言葉にしないタイプの男だからと、マッシュが代わりに小さくそう、セリスに言ってやった。
「なんだ、いじけてるのね」
 セリスはくすくす笑いながら、耳打ちで返す。うんうんと頷き返すと、またセッツァーが変なものでも見たかのような、奇妙そうな顔を浮かべていた。
「?なんだよ」
「うるせぇ。もういい、わかった」
 勝手にやってろ、とセッツァーは口元を歪めたまま、船長室に帰っていってしまった。
 何に気を悪くしたのかわからないが、元々気まぐれな男だ。気にするだけ損だろうということにしておく。
「……ま、いいか」
 去っていくセッツァーの背中からセリスに視線を戻して、マッシュはにかりと笑った。
「それで、シドとはゆっくりできたか?」
 話を振ると、セリスはパッと明るい顔をして頷いた。
「それはもちろん。今までのこと、いろいろ話せたわ」
 言ってから、彼女は少し考えるように顎に手を添える。
「そのおかげで、気づけたこともあったんだけど……」
「気づけたことって?」
「あ、ええと……うん、秘密」
「なんだよぉ、勿体つけると逆に気になるぞ?」
 うーん、とセリスは困ったように唸り、髪を耳にかける。
「もう少し、整理がついてからにするわ」
「そうか?じゃあ楽しみに待ってるからな」
 こくりと頷いて、しかし彼女は苦々しく笑う。その理由は、言わずともわかった。
 ケフカとの決戦は、もうすぐに迫っている。だからこそ彼女は孤島に向かったのだから。
 にも関わらず、時間をくれと彼女は言った。そんな時間は、もうないというのに。
 そう、時間はもうないのだ。セリスを目の前にして、初めてそう自覚した。
「……あ、そうだ」
 場違いなほど明るく、思いついたようにマッシュは声をあげた。
「なに?」
「昨日さ、ふわふわーって綿毛が飛んでたの見たんだよ」
「綿毛?タンポポの?」
「多分な。久しぶりにそういうの見たからびっくりしちまったぜ」
「奇遇ね、私も同じものを見たわ」
「本当か?……なんだ、」
 じゃあ見せにいかなくても良かったんだな、と言いそうになって、慌てて口をつぐむ。
 どうかしたの、と言いたげなセリスに首を振ると、彼女は不思議そうな顔をして肩をすくめた。
「……ところで、タンポポの花言葉なんて、マッシュは知らないわよね?」
「うん?ああ……知らねぇなぁ。なにか面白いやつなのか?」
「面白いというか、見てわかるように、綿毛を飛ばすイメージから来ている意味を持っているの。それも、正反対な意味をね」
「あー、花言葉ってそういうの多いよなぁ。矛盾するような二つの意味を持ってるやつとか」
 くす、とセリスは笑う。
「そうね。誰かからお花を貰っても、どちらの意味を持っているのかつい考えてしまうわよね」
 花を貰う、なんて一般人にはなかなか縁遠い話なのかもしれないが、お互い過去が過去なだけあって、頷き合うことができる。
「……で、タンポポの花言葉って何なんだ?」
 改めて問うと、セリスはその青い目を細めて、極短く答えた。
「ひとつは、別離」
 別離。言葉が、一瞬の間に頭の中をぐるりと回った。しびれるようなその感覚は、綿毛がこの手から風に乗り、旅立っていったように、なにかがこの手から離れていく予兆ではないのかと思った。
 喉元に、ひやりと切っ先を当てられた気がした。だがその緊張が一体どこから来るのかは、まだわからないままだった。
「……そうだな。あの綿毛とは二度とは会えないだろうし」
「そうね。でもきっと、どこかで根付いて、花を咲かせてくれるわよ」
「そう信じたいな」
「貴方が信じるなら、必ず」
 ふ、とセリスは目を細めて笑う。その言い種が、まるで神話中の女神のようで、マッシュも思わず笑った。
「でもまあ、やっぱり俺は……」
 はたとセリスが視線をこちらへ向ける。
「その花が咲くところを見てたいなぁって」
 思うんだ。そう言うと、彼女は一際自然に微笑んだ。そうして、ふと柄にもなく考えた。彼女の笑顔が、花のようだということを。
「じゃあ、もうひとつの花言葉の方が貴方には合うのかしら」
「ん?」
 そういえば、花言葉は二つあるのだと彼女は言った。ひとつが別離ならば、その正反対の意味とはなんだろうか。
「もうひとつは、何なんだ?」
 くす、とセリスは肩をすくめて、マッシュから一歩離れる。
「教えない!」
「あ、おい、待てよ!」
 遠ざかる彼女を捕まえようと伸ばした手は、しかし空をさ迷っただけで終わってしまう。
「……明日に備えて、いろいろと準備しなくちゃならないから」
 セリスは口角を上げてみせたが、その表情に余裕はなかった。
「すべて終わってから、話しましょう?ね、約束」
 言い捨てるように、彼女はくるりと踵を返して走り去っていく。
「……なんだよ?秘密ばっかだな、あいつ……」
 上げたままでいた腕をぽさりと下ろし、マッシュは呆然と呟いた。
「明日、か……」
 当たり前のように、来るもの。それが明日という未来だ。そこに必ずあるものは、自分自身。そして、ここにいる仲間たち。
 だがケフカとの決戦を終えたその日から、その当たり前は消えてなくなる。そのことを、ようやくに自覚した。いや、させられた。
 別離は、悪い意味だけを持つ言葉では決してない。人に出会いがあるならば、別れも必ずあるからだ。だが、後ろ髪を引かれる思いがするのも事実だった。
 出会いと別れは、偶然に決まるものがすべてではない。会いたいと願えばそうなることもあるし、その逆も然り。
 世界が救われ、平和が帰ってくるならば、会いたいと思えばきっと、仲間たちに会うことはできるだろう。寂しがる必要こそ、ないのかもしれない。
 それでも。
 花の咲く様な、彼女の笑顔を。こうしてずっと見ていることはできないのだろうかと、そう願いそうになる自分がいて。
 マッシュは何故か疼く胸元に手を掲げ、拳をぎゅうときつく握った。
 

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