マシュセリ

恋のはじまり5題×2


 
 3、いないと寂しいなと思った

 飛空艇をよみがえらせてからは、仲間集めは急速に進んだ。少し前までは、たったの二人で世界の敵を相手に旅をしていたと思っていたというのに。気づけば、飛空艇の中はかつての仲間たちが勢揃いし、微かだった希望の灯りは、はるかに大きなものとなっていた。

「セリス!こっちは終わったぜ!」
 一息ついてから、マッシュはそう声をあげた。手甲についた体液を拭い、彼女を待つ。
「私の方もよ」
 怪我ひとつなく、セリスは髪を背中に払ってからこちらへ駆け寄ってきた。その様子を見つめながら、マッシュは思わず頬をゆるめる。
 彼女の戦い方は、以前よりずっと合理的になっていた。まず、過度の踏み込みがなくなっている。避けられる攻撃はすべて躱すことを心がけているようだった。それから、共闘する仲間の動きをよく見ている。進退がスムーズなのは、これが理由だろう。
 前に言った助言を、彼女はしっかり覚えていて、身につけていた。それを毎回の戦闘で確認できるので、仲間冥利に尽きることこの上ない。
「うっし、怪我なし!討ち漏らしなし!落とし物なし!、と」
 ふざけた物言いに、セリスはくすくす笑って簡易敬礼を返した。
「それでは帰還いたしましょうか、マッシュ殿」
 彼女が屈託なく軍の言い方を返したことに、マッシュは内心かなり安堵した。彼女は確かに、乗り越える強さを持っているのだと。

 そんな折、セリスが久しぶりに孤島に帰ることになった。ケフカとの決戦を控えるにあたり、少し時間が欲しいのだという。よって、飛空艇で南の孤島に彼女を下ろし、翌日にまた迎えに来るという運びとなった。
「シドも飛空艇に乗せたらいいんじゃないか?」
 そう問うと、セリスは苦笑して首を横に振って言った。
「おじいちゃんにはもう、戦いとは無縁のところにいて欲しいから……」
「おじいちゃん?」
 あっ、シドのことよ、とセリスは慌てて言い添える。その照れた顔は、言い慣れていないことを物語っていた。
「そっか。なら、要らんこと言っちまったな」
 彼女は彼女なりに考えていて、二人の関係性を深く知らない己が口を出すような問題ではなかった。
「いいえ、そんなこと……むしろ嬉しいわ。シドも世界中に恨まれても仕方ないことをしてきた人だから、そんな風に言ってもらえるだけでも、十分」
 シドも。彼女が他の誰を想定してそう言ったのかは、わからない。ケフカなのか、あるいは彼女自身なのか。
 だが、セリスが儚げとはいえ微笑んだことに、マッシュは少なくとも苦笑いを返すことはできた。

 一日、セリスのいない飛空艇の中は、しかし普段とはあまり変わりがなかった。彼女は元々騒がしい気質ではなかったし、むしろ寡黙で物静かな方ですらあったからだ。
 マッシュもとくに彼女の存在を気にするでもなく、昼には甲板へ出て景色を眺めていた。
「……おっ?」
 柵に寄りかかってのんびりとしていると、不意に目の端をなにかがふわりと通り過ぎた。
 ぱし、とそれを片手で掴み取って手の内を見る。ふわふわしたそれは、植物の種だった。確か、風に乗って種を遠くへ運ぶものがあるのだと、聞いた覚えがある。
 こんな世界でも、風は命を運んでいる。そのことが嬉しくて、マッシュは綿毛を手にしたままセリスの部屋に向かおうとした。
「なにやってんだ、俺……」
 一歩踏み出してから、思い出した。彼女は今日はいないのだと。
 本気で、自分が心配になった。度忘れにしても、ひどくはないか。
 だいたい、嬉しくなったからといって、何故セリスに言わなくてはならないのだ。
「お、なんだマッシュ。居たのか」
 唐突に声をかけられて、マッシュは何故だか異様にどきりとしてそちらを振り向く。
「?何をそんなに驚いた顔してるんだ、おまえ」
 不意に現れたのは、他ならぬ兄だった。怪訝そうに言われて、マッシュは視線を游がせてしまう。
「いや、えっと……油断してた」
「そうか?俺の声なんて、おまえの声と大して変わらないんだから、驚く理由もないだろうに」
 確かにその通りなのだが、先ほどは本当に驚いたのだ。まるで、探偵が犯人を追い詰めた瞬間、背後から殴られたかのような、今一歩が届かなかった感覚だった。
「それは?」
 だが、そのことを深く考える前に、兄に手の中を問われてしまい、意識は綿毛に奪われてしまった。
「ああ、綿毛だよ。珍しいなと思って、つい捕まえちまった」
「確かに、久しぶりに見たな」
 ふ、と兄は優しく笑う。相変わらず、兄は端正な顔立ちだ。双子の自分と確かによく似ているが、男っぷりの方向性は真逆に近いのかもしれない。どちらが女受けするかは、よくわかることではあるが。
 そうこう考えながら、マッシュは手のひらを高く差し出して、綿毛を再び風に乗せてやった。
「どこかで芽吹くといいなぁ」
「あの綿毛は、根っこがかなりしっかりした植物だったはずだ。心配せずとも、強く生きていくさ」
「そっか。なら安心だな」
 二人でじっと空を見上げて、笑った。

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