マシュセリ

恋のはじまり5題×2


 2、いい奴だなと思った

 世界が崩壊してから、一年が経つ。
 あの日から、地面は割れ、海は荒れ狂い、空は燃えた。そして人々は絶望し、項垂れた。
 それでも、希望を捨てるつもりはなかった。戦う力がある限り、諦めるという選択などなかった。だがそんな世界を独りで旅する間に、知らず知らずのうちマッシュの胸にも絶望の暗雲が忍び寄っていたのも確かだった。
 破壊の偽神に監視され、ゆるやかに滅びに近づいていく世界。もう戦う意志を持つ者など、自分の他にはいないのではないかと。

 彼女と再会したのは、まさにそんな時だった。

 ケフカの裁きの雷を受け、今にも崩れる民家を支えてしばらく、朦朧とする意識のなかで、彼女は現れた。
 砂煙の舞う中、金の髪をたゆたわせて、彼女は言った。
「必ず助ける!」
 その強い意志を秘めた言葉は、まばゆい輝きを放っているようですらあった。
 世界中が絶望し、終わりを嘆くだけの今この時、こんなにも強く希望を抱き、口にする者がいただろうか。
 マッシュはただ、口元に笑みを浮かべて身体に力を入れ直した。弱音を吐いている暇はないのだと、言われたような気がした。

「……そう。貴方は一年、ずっと独りだったのね」
 崩壊しかけた家の中から無事に子どもを救出し、マッシュはセリスと宿でじっくりと言葉を交わした。
 リターナーとして共に戦っていた一年前は、セリスとこうして二人きりで話すようなことはほとんどなかった。だが、久しぶりに顔見知りと出会えたことは、お互いにひどく嬉しく、どちらともなく話は尽きなかった。
「ああ、そうだ。……俺の話は、こんなものかな。今度はセリスの話、聞かせてくれよ」
「ええ、わかった。とはいえ、面白い内容はそんなにないのよ」
 セリスは困ったように眉を寄せて、口元に曲げた指先を当てる。
「まず、私が目を覚ましたのは、ここ最近のことなの」
「……って、どういうことだ?」
「一年間、眠っていたみたい。自分でも信じられないけれど……事実なのよ」
 言われて、マッシュは彼女の身体に目を向けた。確かに、以前よりもどこか線が細くなったように見える。なにより、筋肉が落ちているのかもしれない。
「それで……そんな私のことを、ずっと看病していてくれた人がいるの」
 すっ、と視線を上げ、こちらを見る彼女は、ひどくやわらかい笑みをたたえていた。
「覚えているかしら。帝国の魔導研究の第一人者だった、シド博士のこと」
「シド?……確か、魔導研究所であったあの人か。和平会議でも一貫して穏健派だったな」
「ええ、その通りよ。シドは私やティナに罪悪感を持っていたから……だから、見捨てられなかったみたい」
 苦々しく言い、セリスは肩をすくめる。
「シドは、私の昔を知る最後の一人で、家族みたいなものだと思うの。そんな人が傍にいてくれたことは、とても幸運だった」
 うん、とマッシュは笑って頷いてやった。
 彼女がこの世界には相応しくないほどの希望に満ちているのは、シドの存在があるからなのだ。彼女の輝きの理由を悟り、思わず笑みを浮かべてしまった。
「……こうして貴方に会えたのは、シドが私を送り出してくれたからよ。希望を捨てずにいて、本当に良かったと思ってる」
 その笑みに安堵したのか、セリスは嬉しそうにマッシュを見上げて、はにかんだ。
 年相応なその表情は、この一年で一度も見ることのできなかった純粋なものだった。世界中が忘れてしまったものを、彼女は確かに持っていた。
 彼女は体型が少しだけ変わっただけではない。なにより、彼女は誰かのために戦うことを知ったのだ。
 リターナーとして戦っていた時も、それ以前も、彼女はよく理解せぬまま大義名分のために戦っていた。だが今は違う。守りたいひとがいて、守りたい未来があって、そのために自分が出来ることをしようとしている。
「久しぶりに会って言うのもなんだけどよ。……セリス、なんかいい感じになったな」
 マッシュはにっと笑い、漠然とした言葉で彼女を称えた。それにセリスは照れたように視線を逸らした。
「……そう、かな。私、何か変われたのかしら……」
 種が新芽を出すように、草木が花を咲かすように、彼女はまだ成長の途中にいる。その青さを見つめながら、むしろマッシュはそれを好ましく感じていた。
 この蕾が、この世界に一体どんな大輪を咲かせるのか。その様を見届けてみたいと、ただ真っ直ぐに思った。

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