マシュセリ

恋のはじまり5題×2


 1、放っとけないと思った

 すらりとした刀身が抜かれて、その瞬間に彼女は魔物の群れに向かって突進した。
 魔法の力もあるはずなのに、彼女はとにかく魔物を切り捨てていく。肉塊になる魔物たちは、それでも鬼神のごとき彼女に襲い掛かっていく。
 流麗な、剣の使い手だ。マッシュはセリスの剣筋をちらと横目で見て、そう考えた。帝国軍仕込みの剣術なのか、マッシュの知る様式とは少し異なる点も多々あった。それが彼女を強くも弱くもさせている。まだ彼女の剣の腕は、発展途上なのかもしれない。僅かな時間に、マッシュはそこまでを読み取った。
 だがこちらもそれなりの数の魔物と対峙している。マッシュは視線を自らの敵へと戻し、地を蹴った。

 動くものが無くなるまで、長くはかからなかった。
「……終わったか」
 セリスは淡々と呟き、剣の汚れを払い除ける。
完璧ではないが、十分に強い。それは彼女自身もわかっているようだった。戦いを終えた後の彼女の表情は、なによりそのことを物語っていた。
危うい戦い方だ、と思わずにはいられない。
「セリス」
 不躾だとは思いつつ、マッシュは彼女を呼んだ。表情はあくまでもにこやかに、出来るだけ穏やかに。
「あー、その。今の戦いでさ、少し気になった点がいくつかあるんだが」
「私のことか」
 セリスは、その青い瞳でちらりとこちらを見上げる。その目は別段怒っているようではなかったが、何を考えているのかよくわからないだけなのかもしれない。
 こくりと頷きを返して、マッシュは腰に手を当てた。
「まあ、軽く聞いてくれていいんだが……もう少し後ろを考えて戦うといいぜ。万が一、セリスだけであの敵をどうにかできないんなら、後ろに下がってくれればいいから」
「……それから?」
「踏み込みが深いことだ。あれじゃあ手痛い反撃を喰らうぜ。一撃で仕留められる時以外は、やめた方がいい」
 誰であれ、自分の戦う方に口を出されるのは嫌だろう。セリスは魔導戦士として特殊な戦闘型をするため、その思いは特に強いのかもしれない。それでも、共に戦い、背中を任せる仲間であれば、助言をし合うべきだ。
 セリスは、何か考える風に顎に指先を添えて、視線を床に向けた。
「他には」
「あとは、良い点ばかりだ。特に、振り上げの動作は隙がなくていい」
 マッシュの言葉に、セリスはわずかに目を見開いてこちらを見た。
「それに、避ける時も無駄がない。あれは身軽さがモノを言うからな……俺には真似できないよ。そこら辺はもっと活用したらいいんじゃねえかな」
「え……」
 あ、いや、とセリスは言葉にならない呟きを漏らす。困ったように髪を耳にかけて、また彼女は視線を余所へやってしまった。
「……気を、つけてみる」
 それでも小さく、そう返した彼女に、マッシュは瞬いた。
 彼女が意外と素直、だったからだ。
「おう、よろしくな!」
 それにすっかり嬉しくなってしまって、マッシュはつい馴れ馴れしく彼女の肩を叩いてしまった。
 その瞬間、つい先日兄が手を振り払われていたことが頭をよぎる。これは彼女は嫌がるのに、と顔を引きつらせたが、しかしいつまで経っても腕には衝撃が来なかった。
 セリスは端正な顔を、わずかに歪めていた。それは嫌がりではなく、どうしたらいいかわからない困惑に見えた。
 きびきびとした普段の姿からは想像がつかないほど、その顔は意外なもので。隠されていた彼女の感情を、ようやく見つけた気がした。

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