マシュセリ

恋のはじまり5題×2


 9、言われて浮かんだのはあの顔

 仲間たちは次々と見つかり、旅は以前とは格段に賑やかになっていた。
 破壊神を倒すために力を磨き、武器と魔石を集めて、ついにその時を待つだけとなった、ある日。
 決戦を控え、最後の時間をみなに与えたい、とエドガーが提案してくれたおかげで、セリスはシドの待つ孤島へ帰れることになった。
 孤島へは、飛空艇で向かうしか方法はない。そのことをセッツァーに頼むと、ひとつ返事で舵を切ってくれた。
 久しぶりに、荒れた島に着陸して。飛び立つ飛空艇を見上げる。
 甲板では、何人かが手を振っていた。そこにはマッシュの姿もあって、それを認めた途端、自然と己の腕も上がっていた。

「おじいちゃん、ただいま!」
 仲間たちに持たされたお土産を手に、セリスは何ヵ月ぶりかの帰宅を果たした。とはいえ、この小屋は自宅でもなんでもないのだが。
「おお、セリス!」
 シドは驚いて、駆け寄る。
「先ほどから、なにやら轟音がすると思っておったよ。あれは飛空艇の音だったのか」
「ええ、セッツァーの新しい船よ」
「そうかそうか。旅は順調なようだな。こうして再びおまえの顔が見られるとは、思わなんだ。……よく帰ってきたな、セリス」
 シドは、筋ばった手のひらをセリスの頬に伸ばす。存在を確かめたいのだろう、セリスはそれを静かに受け入れて、笑った。
「不吉なことは言わないで、おじいちゃん。私はそう簡単には諦めないわ」
 頬を撫で、シドは何度も頷いた。
「うむ、うむ。そうだな。……まずは、わしに旅の話を聞かせておくれ」

 かろうじて小屋にあった粗末な茶器に、エドガーから貰った茶葉を入れて話の共として、シドにこれまでのことをつらつらと語って聞かせた。
 順次が良くなくても、シドはうまく話を統合して、確認するように相槌を打ってくれた。
 アルブルグの様子、ツェンでの出会い、蛇の道を旅したこと、子どもだけのモブリズにティナが母親役として暮らしていたこと。
 軍事報告にはならないように話したのだが、自分がそれなりに世間話風に語れたことには多少驚いた。
「そうかそうか」
 シドはにこりと目尻に皺を寄せて、セリスを見つめた。
「無責任におまえを見通しの立たぬ海に送り出した時は、後悔もしていたのだが……そうか、すぐに良い仲間と出会えたのか」
 こく、と頷き、セリスは両眉を上げる。
「そうね、マッシュに会えた時は本当に安心したのを覚えてる。良かった、って」
「それは、おまえの話を聞いているだけでよく伝わってきていたよ」
 ふふ、とシドは髭を揺らして笑った。
「昔からおまえは、皇帝陛下以外は誰も信用しない子どもだったというのに……ずいぶんと、マッシュという彼を信頼しているようだの」
 ところどころ中綿が見えるソファーに背を預けて、シドはセリスを優しく見つめている。その口調はとても嬉しそうであった。だが、いまいち釈然としない。
「そう、かな」
 仲間なのだから、信頼はしている。そもそも二人でも旅をしてこれたのは、信頼できるからだ。
「……うん。そうね。彼は驚くほど強いから……信じて背中を預けられるとは思うわ」
 守る必要もなく、気遣う必要もなく、ただ彼の足音と呼吸にさえ耳を澄ませれば、それですべて上手く行くのだった。
「マッシュと私は、背中の関係なのかも……なんて」
 彼の大きな背中を目指してきた。彼に背中を預けて戦ってきた。
 それなのに。
 どうして彼を考えると、真っ先にその笑顔が思い浮かぶのだろう。
 目指す背中としての存在や、背中を合わせて戦うための仲間ならば、顔など見る必要はないのに。
 セリスは、きゅっと唇を噛む。
 自分は、彼のなにを見つめていた?本当に、背中だけだったか?
 片手で顔を覆うと、おんぼろなソファーは微かに悲鳴を上げた。
「……ごめんなさい、今のは冗談。嘘よ」
 急に、目眩がした。今まで自分が感じていたものは、紛い物だったような気がして。
 憧れだと思ってきたものは、もっと熱っぽい欲求で。背中を預ける安心感は、半ば独占欲のようなもので。彼の視線に頬が熱くなる理由は、緊張よりももっと艶やかな羞恥心で。
 いや、違う。違うはずだ。そんな豊かな感情、己には似合わない。少なくともそんなものは、戦士には要らない。
「セリス」
 シドに優しく名を呼ばれ、セリスは否定するように頭を振った。
 今は、考えるべきことではないのだと。
「……おじいちゃん。私、明日ケフカを倒しに行くの」
 たとえ気がついてしまったとしても、戦いを前に、考えるべきことではない。この手を、再び血で染め上げるのだから。
「マッシュとはね、同じパーティーの予定」
 仲間として、背中を預け合って戦う、最後の時間になる。
「だから、負ける気がしないの」
 根拠のない自信だ。だが、本当にそう感じるのだ。
「……彼だからそう思うってことは今、自分でわかった。それだけわかったから、大丈夫」
 事実、急に心が強くなったような気がした。はっきりとしたからだと思う。
「ケフカに勝って、すぐ帰ってくるわ」
 にこりと笑って告げると、シドは途端に眉を寄せた。
「……それは嬉しい。が、地獄におまえを付き合わせるわけにはいかんよ」
 世界からケフカという脅威が消え去れば、光に満ちた世になるだろう。そこに、帝国の中枢にいた我々はいられない。しかし自ら死を望むことは、逃げだ。
 償いになるならば、甘んじて日陰に生きよう。
「私たち、家族よね?」
 決して独りではないのだから。
「……すまない……」
 沈痛な面持ちで呟いたシドの肩に手を伸ばし、セリスは笑った。
「謝らないで。こういう時はね……」
 瞼の裏に、いつだったか、マッシュの困ったような顔が浮かんでくる。


(こういう時はな、ありがとうって言えばいいんだぜ)


 その時と同様な夕焼け色の空が、窓から覗いていた。その空を一瞬、小さなものが横切る。
何だろうと目を凝らすと、それは小さな綿毛だった。
 ふわふわとした、あたたかさ。手を伸ばして捕まえたいと思う。だが、身体はそうは動かなかった。
「こういう時は、ありがとうって、言ってほしい」
 ありがとうと呟きながら、シドもセリスの肩に手を伸ばし、そのまま抱き寄せてくれた。
覚悟は、決まった。迷いはなかった。
 己には確かに、戦う理由がある。守るため。守れなかった償いのため。そして、生き抜くため。

「おじいちゃん、行ってきます!」
 翌日セリスは旅立った。再びこの地に舞い戻るために。

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