マシュセリ

Lost Memories

 結局、今日もこうして周辺のモンスター狩り。戦うことで何かを思い出さないかと、彼らなりに考えてのことらしい。
 もう馬鹿でかいカマキリは見飽きた。そう思いつつ、セリスは剣を振るう。使い慣れた愛剣は、変わらず手になじんだ。両手で力強く振るい、カマキリの片腕を切り落とす。
「見事だな、セリス将軍」
 エドガーの茶化し声を聞きながら、セリスはぼんやりと在りし日のことを考えていた。
 レオは死んだ、らしい。ケフカに殺されたのだとティナが言っていた。だが、いつかはそうなるだろうと少し思っていた。レオの誠実な人柄は兵士たちから数多の尊敬の念を集めていたが、ケフカとは常に険悪で、対立していた。
 セリスもその実、レオのことを尊敬していた。剣の訓練や兵法を学んだこともあって、彼が人柄だけではなく才能にも恵まれていると知っていた。
 強い人だった。そして優しい人でもあった。自分もそうありたいと、ずっと思っていた。だがもう、追いつくことは叶わない

 魔物の体液を振るい飛ばし、剣を鞘にしまいながらセリスはため息をつく。
「セリス、無事かー?」
 駆け寄ってくるマッシュに、へたな心配をされまいと慌てて笑みを浮かべた。
「ああ、問題ない」
「うし、じゃあ今日はもう飛空艇に戻るか。おーい、兄貴ー?」
 そういえば。レオは軍の兵士の名前をすべて覚えていた。点呼の際もわざわざ一言を、それぞれに与えていた。
 あの人はもしかしたら、軍人に向いていなかったのかもしれない。レオを目指した自分が帝国に離反することになったのも、その為なように思えた。
「それにしても、だいぶ連携が取れるようになってきたよな、俺たち?」
「え?」
「あ、セリスはあんまりそうは思わないか?」
「いや……言われてみればそうかも、しれないな」
「だよな! 戦闘の時間も短くなってきてるし」
 そう言われて初めて、時間のことに気がついた。確かにそんな感覚はしていたが、カマキリに見飽きた気持ちが強すぎて、見落としていた。
「どうだろう、それは。どちらかと言うとモンスターに慣れてきたのではないか?」
 やや苦笑しながらマッシュを見上げると、彼は一瞬ポカンとしてから破顔した。
「ああ、そういうことか! 確かにそうだな、それもあるか!」
 馬鹿みたいに快活に笑い出したマッシュに最初こそ驚いたのだが、なんとなくこちらも可笑しくなってきて、いつの間にやら笑ってしまっていた。
 ようやく合流したエドガーは数度瞬いて、肩を竦めてみせた。
「一体なにを笑っているんだか……?」

 この頃、セリスの記憶について口にするのはロックだけになっていた。セッツァーは勿論のこと、ティナもマッシュもエドガーも、無理をしても意味がないと悟ってくれたようだ。
 それなりに皆の人と成りもわかってきて、飛空艇でもようやく気が落ち着けるようになってきた。
 だが、それでも。レイチェルについては、ロックに尋ねられなかった。それはどうしても聞きたくなかった。
 何故こんなにも嫌なのだろうと考えても、答えはどこにもなくて。セッツァーは答えてはくれないし、恐らくエドガーもそうだろう。かといってティナに聞けば必ずロック本人に話が伝わるだろうし。

「……で、俺んとこに来たのか?」
 半ば呆れたような表情のマッシュを仰ぎ見て、セリスはこくりと頷いた。
「あまり、あの人とは……話していたくないから」
「ふーん……ロックは別に悪いやつじゃねえぞ? 泥棒っていうのは、まあ言葉遊びっていうか、本当にそういうわけじゃねぇし……」
「わかっている。わかっているが……」
「苦手?」
「そう、苦手……というのが一番合っているかな……」
「う~ん。……まあ入れよ」
 どうやら彼は呆れているというよりは気後れしているといった風で、とりあえずという口調でそう示した。セリスはそれに大人しく従って、手近なベッドに腰掛けた。
 その目の前に椅子を引きずってきて座り、マッシュはかりかりと頬をかく。
「ロックのあれは、セリスを思っての行動なのは、わかってるよな」
 諭すように言われたが、素直には頷けなかった。そうは思えないから、というのが理由だった。
「ロックは私を見てはいない」
「そんなことは……」
 否定しようとしたマッシュは、それ以上は続けなかった。やはりな、と思っただけで、そのことにさしたる驚きは感じない。
「そしてあの人は、未来の私を見ているわけでもない」
 恐らくは、レイチェルを。名前も顔も知らないそのひとを見ているのだろう。
「教えてほしい。レイチェルとは、誰だ?」
 セリスは震えそうな唇で、そう問いかける。
「本人には……聞きたくないんだよな」
「……ああ。だから貴方に」
 こんなことを聞いて、マッシュは怒るだろうか。だが温和で快活な彼のことだ、結局は教えてくれるのだろうと思った。
 だが、見上げた彼の表情は、初めて見るほどに険しいものだった。
「……レイチェルは、もう何処にもいない。少なくとも、この世界にはもういない人だ」
 それでも、彼は静かに答えてくれた。
「いない?」
「亡くなったんだ」
「……ロックとどういう関係が?」
 ふ、とマッシュは苦々しく笑む。
 恋人。ただそれだけ呟いて。
「そうだったの、……」
「本当ならこんなこと、俺が口にしちゃいけない話だ。でも、聞きたいんだよな?」
 こくり、頷くと、マッシュも同じように頷き返した。
「……彼女はロックのせいで記憶喪失になったんだと、聞いている」
「記憶喪失……」
 今度は、やけに優しい目付きでマッシュは頷いた。どこか哀しそうにも見えた。
「彼女からすれば赤の他人になっちまったわけだから、ロックがそのまま距離を取って離れている時に、彼女は帝国の襲撃で……命を落としたそうだ。だからきっと、二人を嫌でも重ねて見ちまってるんだ、……同じ過ちを繰り返さないために」
「だが、私はロックの恋人なんかでは……」
 そう言いかけて、セリスは怯んだ。何にでもない、マッシュの視線に対してだった。
「その質問には、俺は答えてはやれない、けど」
 初めて、彼が自分より一周り大人なことを思い返した。それほどに真剣な目だった。
「ロックはおまえのこと……」
「……言わないで!!」
 気づけば、そう叫んでいた。
「……聞きたくない。もう十分だ!」
「セリス」
 我が儘だと罵られようと、もうこれ以上聞きたくなかった。
 恐れているから。いや、それは違う。マッシュの口から、それを聞きたくない。ただそれだけだ。
「……わかった、ならこれだけは聞いてくれ。ロックはもう過去に縛られちゃいないよ」
「そんなこと、……私には関係ない!」
 無性に苛立ってしまって立ち上がったセリスを、マッシュは片手で制す。
「待てよ、あいつは本当に……」
「今の私には何も関係がないだろう!」
 言ってしまってから、自分があまりに理不尽なことを叫んでいると気づいた。関係のないことを尋ねたのはこちらなのに。彼に怒鳴り散らすのはあまりに理不尽だ。
「……教えてくれて、ありがとう。すまなかった」
 最低限でも礼節は尽くそうと、吐き捨てるようにしてそう告げてセリスはその場から逃げ出した。

コメント

タイトルとURLをコピーしました