マシュセリ

その景色を、いつか


 結局、マッシュがその景色をセリスに見せてやることは、できなくなった。ケフカの暴走で世界は崩壊し、ブラックジャック号も大破して、仲間たちは方々に放り出されて消息を絶ってしまったからだった。
 一年経ち、仲間を求めて旅をするセリスと再会できたのにはマッシュはひどく驚かされた。生きていたこともそうだが、なにより、彼女の闘志が消え去っていなかったことに。
「みんな、きっと生きているはずだわ。……一緒に探しましょう」
 セリスは気丈な様子だった。何が彼女の背中を押したのか、それとなくこれまでのことを尋ねると、シドという研究者に旅に出るよう促されたのだと言っていた。
「あの地獄から始まったすべてに……私がこの手で、終止符を打つ」
 そう言ったセリスの表情は、ただ前を見つめている。こうなってしまった世界で一年の間、旅をしてきたが、戦いを選ぶ者はマッシュの他にはいなかった。セリスが浮かべた、その戦う意志を持った表情は、世界が崩壊してからマッシュは初めて見たものだった。

 もうひとつの飛空艇、セッツァーのかつての友の愛機であったファルコンを蘇らせて、旅は続く。
 再び手にした空への切符に、マッシュはどうしても、子どものようにワクワクと疼く心が抑えられなかった。
「すげぇな、ブラックジャック号より……断然速いぞ!」
 風が吹きすさぶ甲板で思わず叫ぶと、セッツァーに肘で小突かれる。
「ブラックジャックもいい船だったろうが」
「まあそりゃあそうだが……でも、俺はやっぱり速いほうが気持ちが上がるな」
 びゅんびゅんと駆け抜けていく景色は悲惨なものも多いが、それにしても空から見ればすべて格別な何かに感じる。マッシュは上体を欄干から乗り出して、眼下を見た。
「おい、はしゃぎすぎて落ちるなよマッシュ……おまえは前科があるんだから」
 兄であるエドガーが、肩をすくめてそれを諌める。レテ川でのことか、とすぐに思い至って、マッシュは苦笑して身体を起こす。
「……前科?」
「それはまぁ……いいじゃないか。それよりさ、」
 風に煽られる髪を抑えながらセリスが聞き返したところを、マッシュは首を横に振って話を逸らした。
「忘れてたわけじゃないんだが……約束、守れなくて悪かった」
「えっ?」
 きょと、とセリスは瞬く。
「見せたい景色があったんだけどな。……もう無くなっちまってるかもしれない」
 ああ、と応えて、セリスは遠くを見つめた。その目は、きらきらと世界を映しては、輝いて見える。綺麗だが、どこか物悲しくも見えた。
「思い出した。……残念だわ、とても」
 その口調はひどく寂しく聞こえて、マッシュは掛ける言葉がなくなる。
「……そうだ。もう見れないのなら、教えてほしいわ。どういう景色だったの?」
「ああ、……そうだな、」
 マッシュは、あの時見た景色を、脳裏に思い浮かべる。美しい、小さな花畑だった。だが、口に出してはつまらなくなりそうで、言葉が続かなくなる。
「いや!やっぱり秘密だ」
「ええっ?」
「必ず見つけるから。……そんでセリスに、きっと見せるよ」
 マッシュは片手をセリスに差し出して、笑ってみせた。セリスは青い目を何度か瞬かせて、それから途端、噴き出すように笑うと、頷いた。
「それじゃあ、今度こそ約束よ、いい?」
 言って、セリスは笑ったまま手に手を重ねて、握る。その表情は、これまで旅をしてきたなかで初めて見たほど、自然な笑いだった。
「勿論。俺は約束は破らないぜ」
「楽しみにしてる、……いつかきっと、一緒に見ましょう。その時は……」
 一瞬、セリスの顔が曇る。
「その時は?」
「……何もかも、清算できているといいなって」
 セリスは途端、わずかに肩を落として呟いた。どうしたって、彼女は背負う過去を、無視できない。美しい景色や未来を見つめるときくらい、忘れていてくれたらと思うのは、マッシュの独りよがりなのかもしれなかった。それでも、その目に映る物は綺麗なものであって欲しいと願った。
「うーん。それなら、協力したほうがいいな」
「き、協力?」
「そう!俺はセリスの清算、ってのを手伝うから、セリスは俺が約束を果たすのを手伝ってくれよ」
「う、ん……?それは、……」
 セリスは消化の難しそうな表情を浮かべて首を傾げる。
「私に随分、条件が良いような」
「まあまあ、細かいことはいいってことよ。な?約束!」
 握ったままの手の上に、マッシュはさらにもう片手を乗せて、セリスの手のひらを押し包んだ。勢いで押し切れたようで、セリスは呆れたような顔をした後、笑った。その顔は、もしかしたら、花畑を見たときもこんな顔をしてくれるのかもしれない。素直で真っ直ぐな笑顔に見えた。
「おーい。俺達を忘れてるだろ、お二人とも」
「そうだぜ、俺の船が無くてうまくいくのか?その約束」
 兄とセッツァーが遠巻きに茶々を入れてきて、マッシュはわざとらしくウインクして返した。
「なんだよ、兄貴とセッツァーも手伝ってくれていいんだぞ」
「えっ?」
 途端、セリスが思いがけないといった声を上げたので、マッシュこそ目を見開いて彼女を見返してしまった。
「え?」
「あ、いいえ!じ、じゃあ私はちょっと水でも飲んでくるわ、それじゃ……」
 するりと手を離して、セリスは乱暴に髪を整えながら慌てて船内に戻っていった。その背中を見ながら、セッツァーがくつくつと笑う。
「なんだ、まだ俺にもチャンスはありそうだな」
 そう言うセッツァーをちらりと見て、マッシュは自身の胸中になんとも言い難いものがあることに、気がつく。
「……さあ?」
 肩だけ竦めて、マッシュはもう一度欄干に寄り掛かって景色に視線を投げた。
 この世界の隅々まで、しっかりと記憶して。彼女に案内できるように。

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