深夜の怪物騒動で大騒ぎになったモブリズは、朝日が昇ってもまだ子どもたちは起きてこない。静かな朝だった。
「実は、ひと月前に北の港から来たって言う人がいて……多分、北には港町があるんだと思うの」
次の目的地をどうするか、朝食の場でティナを交えて相談すると、まさにそれこそという話が挙がった。セリスは硬いビスケット片手に首を傾げる。
「港町……北の港といえば、……ニケア?」
「そうだな。蛇の道と繋がるならニケアに違いないだろうな」
マッシュがそれに頷き、唇を引き結ぶ。
「確か、大きな貿易港だったわね。それだけでもだいぶ、期待ができるかもしれない」
「そうね。その旅人は少し物資も分けてくれて……だから、北にはまだ、ちゃんと町が残っているのかも……」
「北……」
フィガロだ、とセリスは口にせずとも思う。そしてそれは、ティナも、マッシュも、同様だった。嬉しがってもいいはずなのに、マッシュはただ静かに座っている。
「……マッシュ?」
「ああ、いや……」
何事か思案して、マッシュはビスケットをぱきりと噛み割った。咀嚼のスピードはどこか、遅い。
「もしフィガロが無事なら、エドガーもそこにいるのかもしれないわね」
ティナが代わりにそう口にして、しかしマッシュは薄く笑うだけだった。セリスは俄に慌てて、ティナに笑いかける。
「きっと無事よ、……見つけたら、ここに必ず会いに連れてくるわ」
「嬉しい。でもきっと、エドガーは忙しいでしょう?だから、無事ならそれだけで、いい。いつか知らせてくれれば……」
「ティナ……」
にこりと笑うティナは、儚いように見えて、力強い。戦う力がないと言っても、彼女の心は何かと戦っているのだと悟る。これほどに素直に、強くなれたら、どれほどいいか。その眩しさに、セリスはつい目を細める。
「また、必ず来るわ」
「ええ、ありがとう。ここで待ってるわ、……子どもたちと一緒に」
手持ちの食料をわずかばかり置いて、子どもたちが起きてくる前にセリスとマッシュは北に向けて旅立った。
マッシュが何かを思案し続けていることに、セリスは気がついていた。そしてそれが恐らく、フィガロという彼の祖国に関わるものだろうことも。それでも、自ら口にしてくれないそれをこちらから問いかけて良いのか、セリスはわからなかった。
北に行くに連れて、乾くばかりだった風が少しの冷たさをはらみ始める。吹きすさぶそれに煽られた髪を耳にかけて、セリスは顔を上げた。
目の前を行くマッシュがずいぶんと風避けになってくれているが、それでも冷たい風は体に当たる。
「少し冷えてきたな。大丈夫か?」
不意に、マッシュが確認のために後ろを振り向く。どきりとしてしまう胸を抑えて、セリスはこくりと頷いた。
「ええ。マッシュは?」
「俺はもちろん大丈夫」
にこ、と振り返って笑んだマッシュの顔は、変わらず優しい。それでも、彼の言葉の奥には、まだ何かを考えているだろうことが見え隠れしている。
聞いて良いのか。仲間として、それを問うて許されるのか。何度か己の胸中でそれを逡巡し、けれどここで見過ごせば、これからの全てを同じように見過ごすことになりはしないかと思い至って、ひやりとした。
「あ、マッシュ……、」
「ん?」
考えもせずとりあえず声を掛けてしまって、セリスは内心一人で焦りながらも、マッシュの横に並んだ。途端、歩調を合わせてくれたのを感じて、それにわずかに背中を押される。
「……その。何か、悩んでいる?」
「え……」
「間違っていたらごめんなさい。……フィガロのことを、……不安に思っている?」
マッシュの表情が、固まる。ゆるく歩いたまま、視線が交わった。深入りしすぎたろうかと思って続く言葉を探したが、途端に苦笑した彼がどういう感情を抱いているかはっきりとわからず、何と言えば良いのかわからなくなる。
「……そうだな」
吐息混じりに、マッシュがぽつりと漏らす。
「もし、兄貴がフィガロにいるとするなら、モブリズを放っておくとは思えないんだ。海とニケアを挟んでいるとはいえ……フィガロが無事であるなら、一年も経ってるのに近隣の保護をせず切り捨てるとは思えない。そう考えたら、兄貴は多分、フィガロには……いないんじゃないかって」
「……マッシュ」
「一年あって……兄貴が戻らない国を、国に戻らない兄貴を考えたら、少し怖くなった。フィガロは強い国だし、兄貴もどこでもうまくやれる性質だから、きっと大丈夫だろうと思いたいが……」
怖い、とマッシュが口にしたのを、セリスは初めて聞いた。その口調は淡々としていたが、それでもその不安こそが彼を真に打ちのめす絶望なのだろうと思えた。
「口にしたら、本当になりそうで……でも、逆に心配かけちまったな。……悪い」
かつてナルシェで、ドマとサウスフィガロの話をした時のことを、不意に思い出す。祖国でない国を救えなかったことにあれだけ自分を責めていた彼は、どれほどの不安をこの一年、抱いていたのだろう。それでも目の前の人を助けることを優先させてしまうその優しさが、何よりもマッシュらしかった。
「いいえ、親しい人のために不安になるのは仕方ないことでしょう。……無理に聞いてしまって、私こそ」
謝ろうとしたセリスに、マッシュは首を横に振って、それを止めるようににこりと笑った。
「いんや。むしろ、話してみたら断然スッキリしたよ。兄貴もどこかで俺みたいに旅してるのかもしれないし……フィガロに着いてみないとわからないよな。悩んでないで、最初からセリスに話してたら良かったな」
「そんなこと……私は何も、」
世辞かと思って否定しかけて、しかしマッシュは嘘をつく人でもない。俄に、顔が熱くなる。
「……何も、できないけど。傍で話くらい、聞けるって言ったでしょう」
「そうだな、……助かるよ。ありがとな」
「いいえ、私こそ……」
ようやくほんの少し、近づけたろうかと思っていたのに、見上げた彼の表情は、どこか遠くに映る。触れられる距離にいるのに、その手を取ってしまえば何かが終わってしまう気がして、できない。
「ここからだと、あんなにあの塔は小さいんだもんな。ならやっぱり、あんまり雷は来ないのかもしれねえし……」
「…………そうね」
振り返るとほんの少し先端が垣間見えるその塔は、不気味にこちらを見返しているような気がする。
心に隙間があれば、ケフカは巧妙にそこに入り込んでくる。皆を危険に晒すことになるくらいならば、この感情はいつか捨て去らねばならないのだろうと、セリスは目を伏せて、歩き続けた。
「……お! セリス、町が見えてきたぞ! あれはやっぱりニケアだな……!」
マッシュの嬉しそうな声に、セリスははっとして頭を上げた。遠く、豆粒ほどに、確かに町が見える。
「おっ、しかも帆が張ってある、動いてそうな船まであるぜ!」
「よ、よく見えるわね。私はさっぱり……」
「ハハ、山暮らしのおかげか、目は良いんだ。間違いないぜ、ニケアはほとんど変わってねえよ」
遙か遠くに見えている町を指差して、途端に子どものようにマッシュは笑む。それを見て、セリスもまだ見えない景色に目を細めた。
「船が動いているなら、他の港とも繋がりがあるはず。サウスフィガロにも渡れるかもしれないわね……期待以上だわ」
「ああ、行こう!」
そっと押すように、大きな手のひらが背中に当てられて、それにセリスはわずかに緊張する。奥歯を噛んでその気持ちを押し込めてから、セリスはこくりと頷いた。
ようやく到着した港町ニケアは、随分と久しぶりに見るほどの活気に溢れていた。港までの道には露天商がぎっしりと並び、あれやこれやと声が飛び交っている。お世辞にも治安は良いとは言えないが、絶望に満たされていた南の地域と比べれば、全くマシだと思えた。
人間の勢いに感動したのも束の間、人混みに辟易し始めた時、隣を歩くマッシュが唐突に歩みを止めて、一点を凝視した。
「マッシュ?どうかした?」
「兄貴だ、」
「えっ?」
「おーい!!兄貴!!俺だよ!!」
雑踏の中を力強くかき分けて、マッシュは一直線に進んでいく。セリスは慌ててその後ろをついて走った。マッシュが手を振るその先に立つのは、銀の髪の後ろ姿の男だった。まさかマッシュが髪の色ごときを見間違えるわけ、と思って、しかし振り向いた男のその顔に、驚愕する。
「いきなりなんだ、おまえ。おまえのような筋肉達磨は知らんぞ」
銀髪の男は、エドガーにそっくりだった。というか、そっくりを通り越してエドガー本人にしか見えない。
「な、……なに言ってんだよ兄貴?ふざけてるのか?」
「おっと?なんだ、いい女を連れてるな。君の名前はぜひ、知りたいね。まさか月の女神とは言わないだろ?」
「ちょっと……ねえ、冗談はやめて。マッシュは本当に貴方のことを心配していたのよ」
「さて。どうせなら君のような美しい人に心配されたいもんだが……そう思うだろ?おまえたち」
エドガーにしか見えないその男が声を掛けた途端、ひどく柄の悪い連中がこぞって周りに集まった。ただの市民という風には、まったく見えない。セリスは剣の柄に手をやりながら、咄嗟にマッシュを見た。セリス以上に困惑しているのが見て取れて、無意識に、強く剣を握り締める。
「貴方……本当の本当にエドガーじゃないの?まさか、記憶が無いとか……」
「ハハハ、そんなわけないだろ。俺は生まれた時から荒くれ者のジェフって名前さ、レディ?」
最後の決め台詞に、セリスは思わず瞬いて、またしてもマッシュを見る。はたと目が合って、言葉はなくともお互いにそれで十分だった。そもそもそうなるようにエドガー、もといジェフはわざとそう言ったのだろう。
セリスに向かってウインクして見せて、ジェフはにかりと笑む。どこか、マッシュのような笑みだった。
「俺達はこれからフィガロ行きの船に乗るところなんだ。今回の便は満員って聞いてるからな、名残惜しいが、君とはここでお別れだ。またどこかで会えることを祈ってるよ」
ここで全てを明かすつもりはやはりまったくないらしく、ジェフはこちらにあっさりと背を向けて、輩を連れて歩き出してしまう。セリスは咄嗟に、その背中に声を投げた。
「待っ、待って!エド……じゃなくてジェフ!」
長い銀髪を揺らし、ジェフは余裕そうにセリスを振り返る。その目は、余計なことは言ってくれるなと、念押ししてくるように見えた。
「ええと、その、わからなかったら聞き流して。ティナは無事よ!」
「……さて。知り合いの名ではないな」
セリスの言葉に、ジェフは表情を全く崩さなかった。それでも、優しいその瞳が、すべてを理解してくれたことを伝えてくれる。ほっとして、セリスはつい隣のマッシュを見上げた。マッシュは小さく肯定するように頷き返してくれる。
再びジェフはくるりと踵を返し、船着き場へ歩き去っていく。
「面白いレディだな。しっかり守ってやれよ、隣のでかいやつ!」
「えっ、……」
途端、マッシュが固まる。それに一番慌てたのはセリスだった。自分は余計なことを言うなと醸し出しておいて、ひどい置き土産をしていくものだ。
「も、もう!エドガーったら、ヘタな芝居なんかして困ったひとね!」
打ち消すように大きく言い、セリスは手のひらをぱちりと鳴らした。
「フィガロ行きの船はやっぱり出ているのね。なんとか追いかけなくちゃいけないわ」
「お、おう。そうだな」
マッシュも、つと船の方に視線を向ける。
「でも船は満員って言ってたな」
「随分とわざとらしくね。……なんとか忍び込めないかしら。さすがに二人増えたくらいで船が沈んだりはしないでしょう」
「それなら、酒場にいる船乗りとかから話が聞けるかもしれねえな。……行ってみるか?」
なんとはなしにぽんぽんと話が進み、先ほどの件はやはり避けたい話題なのだろうなと、さすがのセリスでも察してしまう。早速、情報収集のため急ぎ足で酒場に向かうことにした。
マッシュの言うとおり、船乗りらしき男たちで賑わう酒場は、下品な言葉も飛び交う活気があった。少し酔って調子の良さそうな客相手に、ここ最近の噂などを聞いてみると、ジェフについての話も飛び出した。ジェフは盗賊の頭だというが、それはつい最近のことだという。
「じゃあやっぱり……ジェフは、」
「あらぁ?お客さん。前にも来たことあるかしら?」
兄貴、と言いかけたマッシュの腕を、酒場の店員の女が無遠慮に引いた。
「ん?」
「ほら、前はお堅いオジサマと……今度こそどう?私とご一緒してくれないの?」
女のなまめかしい腕が、蛇のようにするりとマッシュの腕に絡まる。次いで、むにゅ、と女のやわらかな胸が、マッシュの太い腕に食い込むのを、セリスはすぐ傍らで見てしまった。その一連の光景に、何故か身体が硬直してしまう。思考が追い付かなかった。
「あー、悪いけどツレがいるんだ」
マッシュはそう返して、平然とした顔で女をそっと押し返す。
「ところで兄貴、……いや、ジェフってのは、君に挨拶していった?」
「あらぁ、ツれないのねぇ。……ジェフはいいお客さんだったわ、そこの蓄音機も直してくれたのよ。手先が器用な男って、いいオトコよねぇ。ね?」
「えっ?」
同意を求めて急に視線を送られても、セリスは瞬くしかない。今の今まで、まるでセリスのことなど見えていないのかとすら思っていたのに。
「あ、あの……」
「あら、あなた……お顔が真っ赤よ。ウブねぇ。かわいいわぁ」
「なっ……!」
「まあ、まあ……それと、この後フィガロに行く船に乗りたいんだが……乗船はどこで手続きできるか知ってるか?」
「そんなの、あっちの乗り場の方に決まってるじゃない?でももう、次の便は満員よ」
「それでも乗りたいんだが……なんとかなったりは……?」
あら、と女は妖艶に笑った。
「あなた、少しジェフに似てるのに……話し方は全然違うのね。そんな真正面から聞くことじゃないでしょう?」
ウフフ、と笑って、女はセリスの方をちらと見る。つい睨むように返してしまって、しかしそれすらもなお、面白そうに笑われては、どうしたらいいかわからない。
「まあ、忍び込むしかないんじゃないかしら?……下の方についてる積み荷の口は閉まるのが遅いらしいわよ」
確かに、商船であれば乗客を載せるための出入り口の他に、積み荷を搬入するための口が設けられている。乗客として確認されないためには、そこから入る他はないだろう。
「なるほどな……。助かるよ」
「いいえ。そのウブなかわいいこに免じて特別よ」
「……それはどうもありがとう、……マッシュ、行きましょう」
「えっ?あっ、おう」
未だに動揺している自分を押し込めるように、セリスは唇を強く噛んで酒場のドアを押した。慌てて後ろをついてきたマッシュは、とはいえ、なにも悪いことはしていない。これは八つ当たりだと、罪悪感でセリスは歩調を緩めた。
「……その。色々と話が聞けてよかったわね」
「だな、やっぱりジェフは兄貴に違いない。……生きてたんだ、……もちろん信じてたけどさ、……」
じわじわとこみ上げるような言い方に、セリスはマッシュを見上げた。その表情は当然、言い様もなく嬉しそうなものだった。
「良かったわね、本当に……」
思わずそう口にしてしまったのは、マッシュがこれ以上ないほど感情が湧き立つのを抑えて、その瞳を揺らしていたからだった。どれほどの嬉しさなのだろうと思うのと同じほどに、どれほどの不安があったのかと、少し苦しくもなる。
「……さぁ、急いで船着場に行きましょう。きっとエドガーがあなたのことを待っているはず。でしょう?」
セリスは笑みを浮かべて、マッシュを見つめた。もうこれからは不安などいらないのだと、ただそれだけが伝われば、それで良かった。マッシュはわずかにぽかんとして、それから困った風に眉を寄せて、笑顔で頷いた。
出港時間直前、喧騒に紛れて積み荷の付近に潜伏し、監視の目をかいくぐってなんとか船に忍び込むと、間もなく船は出航した。
ニケアからサウスフィガロまでの航海は、数時間。日付が越えるほどはかからないらしい。とはいえ、その間にヘタに船内で動き回って見つかりでもすれば海に叩き落とされかねないので、仕方なしに積み荷に紛れ続けるしかなかった。
人の来ない狭い船底の倉庫で、波の音を感じながら静かに身を寄せ合い、時が過ぎるのを待つ。この時間が永遠であれば、と陳腐に思って、セリスはひとり苦笑する。
「ん?」
「……あ、いいえ。なんでも……」
そうか、と応えるマッシュの声色は、優しい。
「……ねぇ、マッシュ」
それに手を引かれるように、小さな声で名前を呼んだ。くっつけ合っている肩がわずかに動いて、マッシュはセリスの方に顔を向けた。
「どうした? ……船酔い?」
「軍人が船酔いしてたらお話しにならないでしょ、大丈夫よ。……でも、海の話ではあるわね」
「海の? なんだろう」
「大した話ではないわ、……ただ貴方のおかげで、私も海が好きになったの」
「……俺のおかげ?」
「そう。私が悩んでる時、どうしてかいつも海が近くにあって……じっと眺めているとね、何故か貴方の言葉を思い出すの。それで、苦しくても頑張ろうと思えた」
海を見つめる時、誰かに似ていると思う時があった。それが誰だったのかはもう、はっきりと自覚がある。深くて、広い、穏やかな海を見つめるとき、そこに映るのは、この人以外にはあり得ないのだと。
「あ、……そうだ。……また返しそびれるところだった、」
セリスは慌てて腰のバッグの中を漁る。不思議がってそれを見ているマッシュの手を取り、そこに彼からの一年越しの預かり物を乗せた。
「貴方に会えたからすっかり忘れてしまっていたわ、ごめんなさい」
その言葉の意味がわからないとマッシュが首を傾げたが、セリスはそれに答えない。この小さなコインに縋って、海を渡った。そんな無様な姿は言えるわけもなかった。今はマッシュがいてくれるから、コインに縋る必要がないということもまた、言えることではない。
「……これ……ずっと、大事に持っててくれたのか」
問われて、セリスは曖昧に頷いた。
「そうか……ありがとな」
「いいえ、こちらこそ。いつも助けられたのは私の方だから……」
「?そうか、役に立ったならいいんだが」
セリスの言葉にマッシュはまた首を傾げたが、久しぶりに手元に戻ったコインに視線を移す。しげしげと両面を見つめて、マッシュはわずかに沈黙した。
「……もしかしたら、次は俺にこいつが必要になるのかもしれないな」
「あるべき時、あるべき人の手元にあるコインだというなら……そうかもしれないわね。……ならこの先、マッシュは選択に迷うことがあるのかしら」
何に迷うにしても即決してしまいそうだが、と思って笑って言うと、マッシュは片眉を上げて、苦笑した。
「なんだよ。そりゃ俺だって迷うことはあるぜ」
「そうね、迷わない人はきっといないわ」
「……悩んだ挙げ句、間違った道を選ばないようにしたいもんだな」
「そんな心配は要らないでしょう。貴方は道を間違えたりしないから」
「……どうして?」
わずかに不安そうな目で、マッシュはセリスを見ていた。そんな心配はマッシュにだけは要らないとわかるのに、本人にとってはそうではないらしい。意外だな、と思いつつ、セリスはゆっくりと応える。
「貴方には、どんな道でも歩き切る強さがある。そして、出逢ったすべてのものを慈しむことができる。だから皆、貴方に惹かれて集まる。私はそういう貴方の力を知っている。……だから大丈夫よ」
迷うことがあっても歩き続けて、その姿を目にしたものを皆惹きつけて、必ずどこかに辿り着いてみせる。その力を持つ人が、道を誤ることなどない。
マッシュは瞬いて、困り顔で鼻先をかいた。
「……まだまだ、俺は修行が足りないよ。でも、そんな風に言ってもらえるのはありがたいことだな」
「ふふ。もっと聞きたい?」
「ええっ?いや、変な顔になっちまうからな……、今はやめとくよ」
慌ててマッシュがそう言ったのと同時に、汽笛が鳴り響いた。船乗りたちが着岸の準備を始めるようだった。
「もう着くのね……」
「そうみたいだな。案外、早かったなぁ」
「サウスフィガロか、……あの日以来だわ。……」
セリスは在りし日の、血だらけの石畳を思う。捕らえられ、無力な己に震えるしかなかった。それでもロックに助けられて、今がある。
地下牢に繋がれて、己は一体どこで道を間違えたのだろうと悔やんだあの瞬間の、爆発しそうな感情はまだ消えたとは言えない。それでも、その問いの答えが過去にはないことはもう、知っていた。道は、いまこの瞬間にもこの足元に続いているのだから。
「ここまで来てしまったけれど……帝国軍人としてこの町を占領した張本人である私が、足を踏み入れることなど……本来は許されないわね」
思わず口をついて出てしまった後ろ暗い言葉は、ただ断罪を求めているだけだった。そんなことをマッシュに言ったところで困らせるだけとわかっているのに。
「……セリスを許すのも許さないのも、それは町の人間が決めることだ。俺は……気にするなとしか言ってやれない。でも……気にしちまうよな……」
マッシュはやはり、まるで自分のことのように悩んでくれる。申し訳なさに、セリスは咄嗟に首を振った。
「……ごめんなさい。今のは忘れて。……さあ、人が来てしまう前に行きましょうか」
振り払うようにすくりと立ち上がって、けれど過去の罪が消えるはずもない。あれから一年。あの美しい柵壁は残っているだろうか。町を流れる水路や、目を潤す花々は、破壊を免れたろうか。
船を降りる足が、わずかに怯む。だが、見なくてはいけない。二度に渡るケフカの蹂躙は己のせいなのだから。セリスは静かに、息を吐いた。
「セリス、……行こう、一緒に」
その隣に、マッシュがそっと並ぶ。己の罪が消えるわけでは決してなくても、ただそこにいてくれることが、どれほど救いになるだろう。いつも、いつも。こうして隣にいてくれる。それがひどく嬉しくて、苦しくて、セリスはなんとか小さく頷き返す。
マッシュが倉庫の扉をゆっくりと開け放つと、明るい日射しが船底を照らしていく。その陽射しに導かれるように、セリスは外へ向かって、歩んだ。
港の喧騒が、鼓膜を響かせる。その音は、ニケアよりも随分と多重で、賑やかだった。人々の声が、明るい声色で行き交っている。チョコボの荷車が絶え間なく通り過ぎて石畳を鳴らし、水路のせせらぎがそっと傍にあり続ける。時々駆けていく子どもの声。まるで、世界崩壊などいつあったのかと言わんばかりに、人々は生活を続けているようだった。
なんという賑わいなのだろうか、こんな活気のある町、そもそもセリスは見たことがなかった。あんな破壊に巻き込まれる以前から、帝国領土にこんな町は皆無だった。
「すごい、…………」
だが、町角に積まれた瓦礫の山は、この町もケフカの裁きに襲われたという証だった。にもかかわらず、見渡す限りどの家屋も立派に建っている。いや、よく見れば既に何度か修復されているように見受けられる。
「……壊されても、諦めなんかしないのね……」
眩しさすら感じるその光景に、思わず甲板上で立ち尽くしたセリスの肩を、マッシュが笑って叩いた。
「これが兄貴の、……俺達のフィガロだ」
そう言う彼の表情はひどく誇らしげで、祖国を愛する人間はこういう顔をすべきだったのかと、今更にセリスは思った。わかったところで、その機会は二度とは来ない。帝国は滅び、祖国を失った人々はこれからなにを拠り所として生きればよいのだろうか。その答えが、光差すこの道の先にあるだろうか。セリスはじっと唇を引き結び、外套のフードを深く被った。
とはいえ、町の見物、というわけにもいかない。通常の乗船口から船を降りたジェフ一行の後をつけると、どうやら彼らはサウスフィガロで一泊してからフィガロ城の宝物庫を目指すようだった。
「宝物庫……?どうしてわざわざエドガーが?」
国のすべてのものは国王に帰属する。何の目的でそんなことを、という疑問は、サウスフィガロの人々の声からすぐに解決された。
「フィガロ城が、地中からずっと出てきていない、って……」
「潜行したままってことか。……そりゃ一大事だ、あれは移動用であって、そのまま長時間なんて作りじゃあない。……うん。兄貴はそれをどうにかしに行くつもりなんだな」
城内の人間の安否は依然不明で、フィガロ王の行方も不明。にもかかわらず、サウスフィガロの民達はそれで復興を諦めたりはしない。王はいつか戻ると、固く信じているようだった。
「……エドガーって本当に良い王さまなのね。気さくな人だから忘れてしまいそうになる時があるわ」
「まあ……気さくなだけで済むなら、良いんだが……」
ばつが悪そうな顔で頭をかくマッシュに笑ってから、セリスは腕を組んだ。
「エドガーのことだから、私たちが尾けているのもわかっているはずね」
「だな。でも気付かないフリで、止めてこないから……まあ、ついてこいってことだと思う」
「双子の貴方がそう思うなら……きっとそうね。私たちも今夜はここに泊まりましょうか」
町の中心にある大きな宿屋を目指して歩き出そうとしたセリスを、マッシュがやや慌てて止めた。
「あ、セリス。あのさ、この町に俺の師匠の家があるんだ」
あっちに、とマッシュは町の外れの方を指差す。
「先に、少し寄ってもいいか?」
珍しく望みを口にしたマッシュに断る理由もなく、セリスはこくりと深く頷いた。うん、とそれに頷いたマッシュは、少し固い表情を浮かべていた。
なんとなく言葉少なになったマッシュに案内されて辿り着いた家は、小さいながらもどこかあたたかみのある外観をしていた。年季が入っているが、長年丁寧に手入れされているのだろう。周囲に広がる畑でなにやら作業をしていた一人の婦人が、こちらに気がついた。
「まぁ……! マッシュ……!?」
途端、手にしていた籠を取り落としてこちらに駆け寄ってくる。上品な白髪の婦人は、上から下までマッシュを見て、声を震わせる。
「本当にマッシュなのね!?」
「はい、奥様!……本当に、いつぶりか……」
まるで本当の親子のように親しげに、二人はぎゅうと抱き合った。婦人は泣きながら笑っていた。
「よく、無事で戻ったわ、本当に……」
「当然です。俺はお師匠の、最後の弟子ですから……」
言葉を濁した風なマッシュに、婦人はなんとも言えない表情で微笑む。
「バルガスのことはおまえが気に病むことはありません。あの子のことは私たち夫婦の責任です」
セリスは遠巻きにそれを眺めながら、いつか、レオの墓前でマッシュがぽつりぽつりと語った時のことを思い返していた。彼は、兄弟子を手にかけたのだと言っていた。そして己の甘さと向き合っているのだと。
この婦人の息子を、マッシュが、手にかけたのだろうか。だとするならば、それを自ら伝えに来た彼は、ここに至るまでに一体どれほどの苦しみを一人で背負ってきたのだろう。またもやなにも知りもせず、ただその優しさに身を預けてしまった罪悪が、知らず知らずに心を覆った。
「それに。実は、……主人は生きていたのよ」
「えっ!? お師匠が……?……」
「また修行に出かけてしまって、今はいないのだけど。ピンピンして戻ってきたのよ、ついこの間。…………バルガスは、あの人を殺せなかったのね」
「そう、でしたか。………」
マッシュはいまだにどこか呆然としていたが、その声色には嬉しさが隠しきれずに滲んでいた。事情のすべてがわからないまでも、セリスはただそれだけで、こっそり胸を撫で下ろした。
「あら、ごめんなさい。マッシュ、こちらのお嬢さまは……?」
そこで婦人はやっとセリスの存在に気がついた風で、きょとんとしてこちらを見ていた。勝手に一連の話を見てしまって、少し気まずい気持ちになりつつも、セリスは頭を下げた。
「私は、セリスと申します。マッシュと旅をしていて……」
「まあ……この子と旅?」
婦人はそそくさと寄ってきて、優しい手つきでもってセリスの手のひらを両手で握った。愛おしむかのように、婦人はセリスの手を撫でる。その指先は、どうしてか泣きたくなるほどあたたかい。
「……大変だったでしょう。こんな世界で、旅だなんて。手もこんなに荒れて。痛くはない?」
「えっ、いいえ、大丈夫です。この程度は大したこと……」
「そう、でも心配だわ。……マッシュったら。軟膏の作り方くらい覚えなさいと言ったでしょう?」
「う、……す、すみません」
「気が利かない子でごめんなさいね、本当にどこか抜けてるんだから」
「い、いえ、そんな……」
セリスが答えに窮していると、マッシュが困った表情のまま、婦人に答える。
「お師匠本人に今度、教えてもらいます……」
「そうね。そうしなさい」
ぴしゃりと言われ、まるでマッシュは形無しだった。思わず笑ってしまいそうになり、抑えようと口元に手をやると、婦人もまた、くすりと微笑んでいる。どこかかわいらしい女性だなと、セリスは思った。
「さ、二人とも疲れたでしょう? 今日はここに泊まっておいきなさいな」
「え、……」
嬉しい提案だと思ったが、それに乗っていいものかわからず、セリスは一度マッシュを見上げる。マッシュはにこりと笑ったまま、深く頷いた。
「……では、お言葉に甘えて、そうさせていただきます。……ありがとうございます」
婦人の厚意に甘えることにして、手招きされるまま、ダンカンの家に上がった。
「……あり合わせのシチューだけど、お味はいかがかしら? セリスさん」
「そんな、とんでもない、……とても美味しいです」
小さな四人掛けのテーブルに、所狭しと並べられた食事。そのどれからにも、作り手のあたたかな気持ちが伝わってくる。
「久しぶりに三人分もつくったら量がわからなくて……たくさん食べてね」
「はい。ありがとうございます」
畑で取れた野菜を使った料理はすべて素朴で滋味深く、身体を芯からあたためていく。一口食べれば、食べやすいようにと小さな切れ込みがされているのがわかって、婦人の心遣いが染み入った。
「昔はマッシュも小食でね。この半分も食べられなかったのよ」
「えっ?!」
「見えないでしょう?ふふ、大きくなったわよねぇ」
「もう十年も前の話ですよ、忘れてくださいって……」
「あんなに可愛い貴方を忘れたりしないわよ。さ、好きなだけ食べなさいね」
「……可愛かったのね」
「なんでそこは聞いてるんだ……忘れてくれって」
思わず笑ってしまうと、隣に座るマッシュがわざとらしく肩身が狭そうにするので、尚のことおかしくなる。
笑い声の絶えない和やかな時はあっという間に過ぎて、いつのまにやら料理もすべて平らげてしまっていた。
食後は、マッシュが紅茶を淹れてくれた。それはこれまで飲んできた紅茶のなかで最も澄んで、かつ香しく、驚いてしまった。マッシュは照れたように笑っていた。
ゆっくりと紅茶を飲みながら、セリスは暗闇を映すばかりの窓を眺める。
こんな穏やかな日が、あっていいのかと。不意に思って、そうして孤島でシドと過ごしたわずかな平穏を思い出す。
大切な人達と、ただこうしていられたら、どんなに素敵なことだろう。言葉にしてみればそれはたったそれだけのことなのに、セリスにとってはひどく遠く、他人事のように思える。こんな素敵な日が、特別な日ではなくただの家族の日常であるなど、到底信じられない。
「ああ、そうそう、マッシュ。旅の途中であの人に……ダンカンにもし会ったら、たまにはここに帰ってきてと伝えておいてちょうだいね」
「はは。わかりました」
「それから、セリスさんも」
「えっ、はい」
「貴女もね。いつでも帰ってきていいのよ」
え、とセリスは思わず瞬く。
「ここを我が家だと思ってちょうだいね。貴女とマッシュ、二人で帰ってくるのを待っているわ」
婦人は目を細めてセリスを見つめていた。返事に窮して、助けを乞うようにマッシュに視線を投げたが、同じように優しい目をした彼は瞬きで頷くだけだった。
「……あの、あ、ありがとうございます、私……」
うまく言葉にならないのを察してくれた婦人は、ただふんわりと笑って、セリスの肩を撫でた。
サウスフィガロの夜は更けてゆく。あれだけの活気も、この町外れの家にはもう欠片も届かない。しんとした家の中、セリスはあてがわれた一室で小さな椅子に座っていた。
なんとなく、眠るのが惜しい気がした。この一日を終えたくないような、そんな気持ちになる。不相応な安らぎだろうと、無意味な抵抗だろうとわかっていて、それでも手放したくなくなる。
月明かりだけが差し込んで青白くなる窓辺で、無心で空を見つめた。少しでもこの時間が長くなるようにと願ってのことだった。
しんとした世界に、不意に人の足音が遠くから近寄ってくる。質量からしてマッシュのものだろうと思い至り、その音の行く末をぼんやりと追う。廊下を進んできて、どうやらこの部屋の近くで立ち止まった。何か用があるならノックしてくるだろうと思い、そのままセリスは変わらず窓を見た。が、もしやこの部屋に入るかどうかで迷っているのではと思い、少し躊躇ってから、立ち上がった。
「マッシュ?どうかした?」
ドアの向こうに声を掛けると、少し驚いた様な返事が戻る。
「あ、セリス。起きてたのか?部屋が暗いからてっきり」
「ああ……空を見てただけ。……どうかしたの?」
問いながらドアを開けると、廊下に立つマッシュが毛布を手に載せていた。毛布と彼の顔とを交互に見やって首を傾げると、マッシュは困った風に眉を寄せた。
「その。気が利かないって言われちまったからさ……寒かったりしないか?」
「大丈夫、……だけど、それじゃあありがたく受け取っておくことにするわね」
上から一枚、毛布を引き取ると、マッシュはほっとしたように肩を落とした。
「助かる。これで実績ができたな」
「そんなこと、……」
実績など、星の数ほどあるだろうに。知らぬは本人だけなのだろうなと思って、セリスは肩を竦めた。
「それより、今日は本当に……とても楽しかった、ありがとう。きっとマッシュのお師匠さんも素敵な方なんでしょうね」
「俺も、……すごく楽しかった。お師匠のことは今度また紹介するよ」
「ええ、楽しみにしてる」
人は、してしまった約束を叶えるためにこそ、生きるのかもしれない。いつかのその日を思い、その未来をマッシュが思ってくれたことが嬉しかった。
「明日は頑張りましょうね。私……力を尽くすから」
「ああ、ありがとな、……」
マッシュは何か言葉を続けようとしてわずかに逡巡したようだったが、それを振り払うように頭を横に振って、笑った。
「……それじゃ、おやすみ、セリス」
「ええ、おやすみなさい」
セリスはそれに応えて、ゆっくりドアを閉じる。そして、足音が去っていってから、大きなため息を漏らした。
翌日、宿屋から出発していったジェフ達を追って、西の洞窟の地下通路からフィガロ城に潜入した。
「この通路……作られたみたいに綺麗ね。元々あったのかしら?」
「いや、俺は知らないな……地中で何かと偶然繋がっちまったのかも」
マッシュの曖昧な返事に、この双子の強烈な運の強さを感じる。偶然を引き寄せているのは果たしてエドガーか、マッシュか。この国の行く末が恐ろしいなと、セリスはつい苦笑した。
「さて……エドガーはどこかしら」
「宝物庫を目指してるってんなら、機関室の奥にあるから……こっちだ」
簡単に国の機密を吐いてしまったマッシュに平然と手招きされて、セリスは少し気後れしつつ付き従って城の下層を目指す。人の声が奥から響いてきて、その下品さからしてジェフが連れていた男達だろう。
「セリス。……」
この奥だ、と目配せしてくるマッシュに頷いて、壁からわずかに身体を乗り出し、その場にいるはずのジェフの姿を探す。
「……ここまでの案内、ご苦労だった。あとはこの奥の宝物庫に辿り着けばすべては結実する。さあ、行こうか」
ジェフの掛け声に、男達は途端にざわざわと色めき立った。
「……宝物庫目当ての盗賊たちなら機関室まで連れていってくれるはずって魂胆だったんだな、兄貴」
「のようね。……でも、そう簡単にはいかないかも」
「えっ?」
機関室の扉を開けた男の一人が、突然に吹っ飛ばされた。
「あの奥、何か……いるわよ」
「な、なんだぁ?」
男達が情けない悲鳴を上げ始めて、辺りはいきなり混乱に包まれる。機関室の中から、固く鋭い触手のようなものが飛び出してきた。明らかな敵意をもったそれは容赦なく暴れ回り、侵入者たちを薙ぎ払う。ジェフの掛け声だけが凜として明確に、その場に響いた。
「みんな逃げろ!俺のことは良い、行け!」
オロオロとしながらもジェフの命令に従って、男達はてんでバラバラに駆けだしていく。セリスとマッシュに気がついたところで、もはやそれどころではなく逃げ出していった。
「おーい、なにボサッと見てる!手伝ってくれよ、二人とも!」
触手のようなものを片手剣でいなしながら、ジェフはこちらに向かって陽気に声をかけてきた。
「もう……エドガーったら、調子いいんだから!」
「まあ、まあ。行こうぜ!」
マッシュに宥められながら、機関室に向かって駆け出す。
「あれは……根っこみたいね、エンジンに絡まっている……というより、巣くっているのかしら」
どうやらフィガロ城が浮上できなくなっていた原因は、この木の根っこのような触手の魔物が機関室のエンジンに巣くったことのようだ。
「兄貴、助太刀するぜ!」
マッシュが構えて、庇うようにエドガーの前に躍り出る。襲いかかる根っこをエドガーの代わりにすべて打ち払っていくその様は、動きに一切の無駄がない。横目でその動きを追えば、いつもより活き活きとすらしていて、よほどエドガーと共闘できるのが嬉しいのだろうと思って、セリスはつい笑ってしまった。
「やっぱりおまえがいないと困るな。……さて、揃ったところで、久しぶりの魔物退治といくか」
「あったりまえよ!な、セリス」
「ええ、臨むところ!」
手が空いたエドガーは、さっそく自前の機械を手にする。強烈なのこぎりは、見るからにこの根っこを断ち切るのに有用そうだ。
エンジンを壊さずに根っこだけを倒すには、魔法は使えない。セリスは剣を握り締めて、目掛けて伸びてくる根っこを引きつけつつ、一撃を剣で受けた。そしてそのまま削ぎ落とすように斬り捨てる。あまり知能のない魔物なのか、痛覚がないのか、恐れも抱かずに何度も伸びてくる根っこに、少し辟易してくる。
「根っこの数が多くて厄介ね、……焼くわけにもいかないし」
「あの根元の部分を、……こいつで断ち切れれば片はつきそうだな。二人とも援護を頼む!」
急に物騒なエンジン音が鳴り響いたと思うと、エドガーの手の内の機械が禍々しく稼働した。見かけに似合わずなんて凶暴なものを作っているのだろうと思うが、エドガー本人はいたく楽しそうだった。
「任せとけって!」
相変わらずエドガーを守るように立ち動いているマッシュと動きを合わせて、その進む道に邪魔が入らないよう、根っこの突撃を払い落とすように斬り捨てていく。何かを守りながらの戦いは苦手だが、穴はマッシュが補ってくれるのを知っている。反応できる限り、ただ斬り捨てていけばよかった。
「さあ、いい加減、私の城を返してもらおうか!」
エドガーののこぎりが、届いた。凄惨な音が響き渡り、セリスはつい眉を寄せてしまったが、襲いかかる根っこは途端にその場に崩れ落ち、しおれていった。
「まったく……早速エンジンを再稼働させなくては。マッシュ!手伝ってくれ」
「おう!……セリス、少し待っててくれ」
エドガーの横に向かって走っていく道すがら、ぽんと労うように背中を叩かれる。それをじわじわと嬉しく思いながら、セリスは静かに剣を鞘に収めた。
エドガーの匠の技でエンジンを再稼働させると、ようやくフィガロ城は陽の目を浴びることができた。
ギリギリのところで城の者にも死者は出ず、砂漠の海からようやく顔を出したフィガロ城の話は、サウスフィガロにもすぐに伝えられた。
それから数日は、エドガーは溜まりに溜まった公務の対応、マッシュはその手伝いや城の雑用に手を貸し、セリスは怪我人の回復と、三者三様に慌ただしく過ぎていった。
コメント
お疲れ様ですー!
ダンカン師匠のところの下り、大好きだったので嬉しいです
この後の夜中の飛行艇での下りがまたたまらないんですよね
ワクワクが止まりません
(さらにこれのあとのティナがアレイズ唱えるシーンとかもゾクゾクするぐらい好きです、なぜか何回読んでも鳥肌が立つ)
今週はお仕事がかなーーり大変そうですね
週末から気温が少し下がるようですが休息だけはちゃんととってくださいね!
わ~いつもありがとうございます~
結構削ってしまった部分もあるのですが、そこは削らなくてよかった…!
何度もお読みいただいているとのこと、あまりに身に余る嬉しさです…いつもながら励みになります、ありがとうございます…😂
残りもそれなりに手直ししないとかなぁ…とは思ってはいたのですが、その辺りはできるだけ原形留めたかたちでいけるように頑張ろうと思います~…が、来週以降の更新になるのは確実ですね……なんとか適度にがんばります…!