憎しみが人を狂わすのだろうか。あるいは、狂うから憎しむのか。俺自身、憎しみを抱いたことがないわけではない。帝国を恨んだこともあった。そうしたものと決別して身を寄せた修行先だったはずなのに、兄弟子の最期は、俺へと向けられた憎しみに彩られていた。いつから、その憎しみを、俺は知らずに過ごしていたのだろう。
だから、己に向けられた憎しみをわかっていて、この雪深いナルシェの地に現れた彼女のことを、強い女なのだろうと、そう思った。彼女は、よく切れる剣の切っ先のように、その碧眼を細めて辺りを見つめていた。剣士にしては美しい髪を背中に流し、寡黙に戦支度をする彼女に、俺は気安く話しかけた。
「よう、随分薄着だけど、外套もらってこないのか?」
あっちで配ってるぞ、と指差すと、彼女はひどく驚いた表情で俺を見上げていた。真正面から見たその青い目は、透き通った水面のようだった。
「あ、いきなりで悪かったな。俺はマッシュだ」
「……ああ。よろしく頼む。外套は……私は要らない、その分他の誰かに回してくれ」
「大丈夫だ、兄貴が手配してるからきちんと全員分あるぞ。……そうだ、持ってくるから少し待っててくれ」
「え、ちょっと……!」
元帝国の人間だから遠慮しているのだろうと、彼女をその場で待つように手で制し、慌てて配給先に駆けた。
外套を受け取ると急いでその場に戻ったが、彼女はいなかった。この雪山で、外套なしでいられる人間など普通では考えられないのだが、彼女もまた、普通の人間ではないと聞く。本当に要らなかったのだろうか。 俺は首を傾げてから、外套を返しにまたその場を後にした。やはり、強い女なのだ。俺はぼんやりとそう思って、自分を納得させた。
山頂での戦いは、短期決戦となった。数を頼りに山裾から拡がって攻めのぼる帝国軍だったが、彼女を筆頭にした小隊が突出して穴を開け、そこから司令官のケフカのもとまで一気に突き抜けたのだ。
雪山に不釣り合いなほど身軽な格好の彼女は、突き刺さるような寒さなど物ともせず、剣を振るい、魔法を駆使して戦場を駆けた。白い雪原に舞う金の髪が、目に映えるようだった。その身体に見合わぬ勢いのある、叩きつけるかのような力強い剣技だった。カイエンの美しく流れるようなものとは対極にあるかのような、荒々しい技。その気迫に、どこか胸がざわつくのは何故かと思った。ケフカへの憎悪なら俺にだってある、だが、彼女にしてみればかつての同胞だろう。あれほどの感情は、どうしたことなのか。
「セリス!!一人で出過ぎるなよ!!」
俺自身、身軽さでは負けないほどの自信があったが、彼女は雪に足を取られることもなく、ケフカの喉元に切っ先を突きつける勢いで足を止めない。ちら、と一瞬だけ、彼女の視線が投げられた、気がする。またもどこか、驚くような表情に見えた。
「……っ!!」
だが、よそ見している暇はない。足元を焼いたビームに、俺は思わず横に跳んだ。やわらかな雪に受け身を取り、その勢いのまま魔導アーマーに飛びかかる。関節の接合部目掛けて、手甲の爪を突き立てた。火花と雪が舞い、そして彼女とはまた距離が開いてしまう。魔導アーマーの装甲を蹴り、すぐさま彼女の方へ駆けた。
ふ、と彼女の唇から白く吐息がもれる。そしてわずかに屈伸したかと思うと、するりと雪上を加速し、跳ねた。
「……!!ケフカぁッ!!」
彼女の振り上げた剣は、ケフカには当たらなかった。割って入った魔導アーマーの装甲に弾かれ、仰け反って雪に倒れる。まずい。
「セリスっ!!」
放たれたビームに、間に合わない。だが、ビームに貫かれたのは魔導アーマーのほうだった。何が起きたかわからず、思わずつんのめって立ち止まる。彼女は、無傷だ。
「私に魔導が効くと思うなよ」
その言葉は、底冷えするほど冷たく言い放たれた。
剣を握り直し立ち上がった彼女の横に、慌てて駆け寄って肩を掴んでいた。
「おい!一人で行くな、協力するぞ」
びくりと目を見開いて、彼女は俺を見つめた。
「あなた、どうしてここに……」
気の抜けた、やわらかな声色だった。掴んだ肩は、ひどく冷えきっていた。どうしてと言われても、突出する仲間を一人にしないために追いかけてきたからだ。そう答えようとしたとき、ケフカの高笑いに弾かれたように意識を奪われる。
「フフ、魔封剣などとちゃちな技を……まぁ良いでしょう」
ケフカはくすくすと笑って、赤い外套を翻したかと思うと、全軍を後退させていった。
追い討ちはするなと命じられた。ナルシェは防衛に勝利したのだ。それだけで大きな戦果だった。
彼女はひどく青い顔をしていた。寒さにやられたのだろうと思い、呆然とする彼女の肩に、俺の外套を掛けた。
「身体が冷えきってるだろ。被っておいたほうがいい」
「……でも、あなたが」
「気にするな、俺は大丈夫だ。鍛えてるからな」
「……。……ありがとう」
彼女は俯いて、外套の前を合わせるように手繰った。先ほどまでの気迫はどこかに消えているかのようだった。
変身し、ナルシェの山頂から飛び去ってしまったティナを捜索するため、彼女と俺は共に旅をする仲間となった。道中、彼女は戦いの時こそその力を存分に振るったが、普段は物静かで、冷静そうにも見えた。将だったというわりには感情豊かで、特に宿屋での食事時に嫌いな食べ物が並んでいるときは、すぐ表情に出ていた。
「な、セリス。それ俺にくれないか?」
あまりにも嫌そうにしているのを見かねて、こっそりそう提案してみると、彼女はぱちぱちと瞬いて、こくりと頷いた。
「そんなに空腹なら……肉を食べたらいい、少し分けましょうか」
「い、いや。腹が減ってるってわけじゃ……ううん、まあ、ありがとうな」
その後、あまり甘やかすなとカイエンにちくりと言われた。
彼女の戦いの気迫は、帝国に上陸したときに最も強く表れた。殺意といってもいいと思えた。彼女の感情を強烈に揺さぶるのは、帝国との戦いの中にあるのだ。彼女が占領をしたというマランダに立ち寄ったときは、話しかけることすらできないほどだった。
一番困惑していたのはカイエンだった。
「……鬼神のごとき戦いぶり、一体何を考えているのか。あの娘……」
その口振りは怪訝そうでもあり、心配しているようにも聞こえる。親子ほど歳の離れた二人には、それ以上に生まれと育ちの壁が高くそびえている。今は味方として手を組んでいるとはいえ、複雑な気持ちを抱き続けているように見える。
「そうだな……いつもならロックがうまく取りなしてくれるんだが。あいつもなんだか上の空って感じだし」
ロックは自身の目的もあってこの帝国大陸に上陸していると言っていた。それもあって、どこか気もそぞろに見える。
「なあ、カイエンには……セリスの剣技、どう見える?」
思い立って、俺はそう尋ねてみた。カイエンはひときわ眉間に皺を寄せた。
「ありえんでござる」
「ありえない?」
「左様。女子の胆力とは思えんでござる。後の事もまるで考えていない、あればあるだけ体力を費やすかのよう……あれは技とは呼ばぬ。体術を極めるマッシュ殿にもわかるでござろう」
カイエンは、ひどく苦いものでも噛んだように、顔を歪める。
「あの娘、本来の型をまるで出していないはず。……本気でないとは申さぬが……曇っているのでござるよ」
自嘲気味に呟かれたその言葉に、俺はなにも言えなくなる。
「曇らせるほどの何かに、永く眼を覆われているのかもしれぬ。そしてそれが何かは……拙者には、わからないとも言い切れないのでござるよ」
鉄でできた巨大な帝国城は、もうもうと煙に覆われていた。工場から排出されるその濃密な白煙は、はるかに大きな城のすべてを包み込む。
「……随分と久しぶりに感じる」
ふるさとに帰郷したはずの彼女の表情は、より険しい。その肩を、ロックが励ますように叩いた。
「ここからが正念場だ。頼むぜ、セリス」
ロックの見つめる先は、遠い。何とはなしに、不安の種が胸に芽生えていた。それは後ろに控えていたカイエンも恐らく同様に見えた。
この煙に惑わされただけなのか、あるいは。
帝国の魔導研究所は一層不気味な場所だった。奥から響く獣の声は、本当に獣の声なのか。人間のそれではないのかと疑いたくなる、
工場の機械レーン上や配管まわりを通り、奥へと進んでいく。身体中に嫌な汗をかいていた。
この奥に囚われている者たちが、ティナを救ってくれるはずだ。ティナを取り戻さなければ帝国との戦いには勝てないと、リターナーの上層部は考えている。少なくとも、あれだけの力を持つティナを暴走したまま野放しにできない。
「この奥の部屋が、研究者たちだけしか入れない場所だ。私も立ち入ったことはない。……開けるぞ」
そういう彼女の顔には、焦りが見えた。帝国への激情を抱く彼女が、こうして帝国にまで来てティナを救う作戦に身を投げている。それはきっと、殺したいと憎む敵を前にして、踵を返すような悔しさもあるのだろうと、俺は勝手に想像した。もしかしたら、彼女はここで作戦を抜けるのではないだろうか。そんな考えが、ふと頭をよぎった。
そしてその考えは、思ったかたちとは異なって当たった。
「セリスはどうした?」
飛空艇で作戦完了を待ちわびていたセッツァーは、ぼろぼろで帰った俺たちを見て開口一番そう言った。
「セリス殿は……拙者たちを逃がすため、囮に」
どうみても彼女と仲が良いとはいえなかったカイエンが答えたのを聞き、セッツァーは恐らく困惑していた。だが、それを表情に出すことはなかった。
「……生きてはいるのか」
「ティナが帝国にいない以上、セリスを殺したりはしないはずだ。あれだけ勝手にやっているケフカですら処分されていないからな。……」
ロックの言い方は、ひどくあやふやに聞こえる。それ以上言えることがないのは、あの魔導研究所の様子を見たあとだからだと思った。ロックは胸元からいくつかの輝く石を取り出して、ひとり頷いた。
「作戦は続ける。これで……いや、この人たちでティナを助けよう」
「ああ、そうだな……」
俺はそれに頷き返す他なかった。兄がこの場にいたなら、どうしていただろう。
ティナの覚醒は、リターナーに力強い希望を与えた。今度はこちらから帝国に反撃をするのだという声が、明らかに高まっていた。一方で、それでは第二の帝国となるだけ、無闇に血を求める必要もないという声もあった。
両者のバランスを取った結果、封印された魔封壁を開いて助力を求め、帝国に圧力をかけることで戦争を終わらせる、という方針が固まった。
「よう、見ない間にまたでかくなったか?」
「兄貴。……どうかな、細かい違いはあんまりわかんねえんだよ」
リターナーの会合を終えて、疲れているのか兄は肩を回しながら笑った。
「冗談だ。……だが、刺激的な旅になったようだな。顔つきが変わってみえる。これは本当だ」
「……そうだな。あれ以来……帝国憎し、とずっと心のどこかで思ってきたが……帝国すべてを憎むべきじゃないってのは、言葉以上に実感させられた。……けどやっぱり帝国の非道は許せないって気持ちもでかくなった」
俺はつらつらと、兄に気持ちを吐露した。すべてが憎いわけではない、けれどやはり許せない。複雑な気持ちといえば簡単すぎるが、他に言いようもない。
「そうだな、……それが戦争なのさ」
兄は目を伏せて、呟く。
「ナルシェの連中は戦争を甘く見すぎている。この間の防衛戦から負けることを知らないままだからな。帝国にやり返してやろうという考えしかない。……その後に焦土の中で生きるのは無辜の民たちであることを考えていない。踏み潰した相手を支援することになるのは俺たちのほうになる」
腹立たしそうに、兄は皮肉っぽく笑った。
「それに結局のところ、ティナを利用しているのは帝国も俺たちも変わらない。……彼女の自分の意志でそうさせているだけ、俺たちのほうが非道かもしれないな」
「そんなバカな、……意志を奪われてたほうがよっぽど……考えられないほど、酷いだろ」
「どうだかな。少なくとも、今回の話が失敗すればティナは責任を負うことになる。自らの意志であの扉を開くわけだからな。ナルシェの連中はこぞって言うぞ、あの娘のせいだとな」
そうなれば、彼女にうまれた小さな自我はどうなる。口にせずとも、兄がそう思ったことは手に取るようにわかった。帝国のために使い潰されてきた人生から、ようやく解き放たれるべきなのに。
「さすがに能天気な俺でも……気が重いな」
腕を組んで、思わず深く息を吐いてしまう。同じ道を辿った者を、目の前で見たあとだからだ。帝国に心をとらわれたまま、再び帝国の地にとらわれた、セリスを。本当は、帝国など忘れてどこかに逃がしてやれたら良かったのかもしれない。そう思ったが、苛烈に戦う彼女がそれを望むとは決して考えられないことだろう。
「気が重いのは俺も同じさ。……どう転ぼうが、後の事を考えておかなければな。その後の世界の舵取りはそれで決まる」
「ああ、そうだよな……」
兄の手のうちにあるものは、大きい。だが、兄は決して小さなものを見落とさない。それでいて、大きなものをきっちりと守り続ける。俺は小さなことなんかで、こんなにももて余すというのに。
「兄貴。頼んだぜ」
「おまえこそな、マッシュ」
ぼんぽんと肩を叩きあい、思わず笑っていた。
事態は悪化の一路を辿っているのだろうか。俺にはそれを読む力はないが、漠然とした不透明さが、この世界の誰しもの身を包んでいた。
魔封壁の奥にいた者たちは、ティナの話に耳を傾けることなく、帝国を急襲した。
工場からの白煙のなかにあった帝国城は、今は燃えあがった炎によって各地から上がった黒煙のなかに沈んでいる。
最初こそリターナーの面々はその状況を喜んでいたが、現地報告のあまりの凄惨さに、バナンも含め、言葉を失っていた。誰もここまでのことは、望んではいなかった。
一番気落ちしているのはティナだったが、リターナーに戻れば兄が言っていたように責任を追及される可能性もある。とにかく俺たちは現地に先行して向かうこととなった。
「むごいことになったでござるな……ドマの惨劇を二度も目にしているかのようでござる」
飛空艇の高さから見た景色は、帝国大陸そのものが焼け焦げているかのようなものだった。
「あんな力がこの世にあって……世界がこんなことになっちまうなんてな。まるで信じられねえよ 」
カイエンの横に並び立ち、俺は自分の手のひらを見つめた。修行の成果など吹き飛ばすような、圧倒的な力を持つ生き物が、この世にはいる。ティナもその力を受け継ぐ存在であって、尋常ではない力がある。
ティナは自身の意志で力をコントロールする術を学んだ。だが魔封壁から飛び出した彼らは、感情のままに帝国を灰にした。力は感情に左右されるのだ。それはプラスに働くときもあるが、マイナスになるときもある。
「それだけのことを帝国の彼奴らはしたのでござるよ。彼らの同胞を無惨に扱い、不要となれば殺し……憎しみで武器を振るわずにはおれまい」
カイエンはつらそうに呟く。憎しみの刃は、振るう者を消耗させる。真に気が晴れることはないだろう。カイエンの憎しみは、きっとこの惨劇を見たからとて、晴れていないのだから。
「怒りや憎しみが行き着く先は、結局このような惨劇しかないのかもしれぬ」
風に、焼け焦げた臭いが混じってきていた。町を焼き、城を焼き、人々を焼いた炎の欠片が、あたりに漂っている。
「それでも、ケフカを憎む気持ちを拙者は捨て去ることができぬ。……この光景に胸を痛める資格は拙者にはないかもしれんでござるな」
「……カイエン」
「つまらぬことを申してしまった。すまぬ、マッシュ殿」
「謝ることなんて……つまらないことなんてねぇよ」
「いや、違うのでござる。拙者は、ドマの悲劇を見ていたマッシュ殿ならば、この憎しみをわかってくれるやもと、少し思ったのでござるよ。しかし……マッシュ殿にそこまでの重荷を背負わせようとした己が恥ずかしい」
ふふ、とカイエンは遠く笑う。
「帝国との戦いが終わることを……今は願うべきでござるな。許してくだされ」
俺は言葉を返せず、ただ首を振って応えるのみだった。そんなことに、俺が答えを出せるはずがない。カイエンの憎しみをわかっているつもりで、その実まるでわかってなどいない自分が、悲しくなる。
帝国は憎い、非道だ。それは思っている。だが、カイエンが内にひた隠しているその憎しみは、表出しないだけで、セリスのあの発露以上のものがあるのだと思った。妻子を奪われ、主君を奪われ、守るべき人々を奪われた、その憎しみが薄れることなどあるのか。復讐がもたらす惨劇と結末のすべてをわかっていてなお、復讐に心を投げざるを得ない、カイエンのその胸の内を、俺にはそばで見ていることしか、できない。
「……たとえ戦いが終わったって、やることは山積みなんだぜ。カイエンだって間違いなく大忙しだ。その準備だって、しておいてくれよ?」
兄貴がいるから大丈夫だと思うけどさ、と、俺は薄く笑った。カイエンは、ひどく優しい目で俺を見ていた。
人々の憎しみをすり抜けるように、皇帝はリターナーと和平会議を開催した。静まり返った城で開かれた晩餐会は、葬式のようだった。
「セリスはどうしている?」
質疑のなかで、ロックが皇帝に尋ねる。皇帝はグラスを置いて、重厚な声で答えた。
「無論、生きている。セリス将軍は真っ先にこの戦争の愚かさに気がつき、帝国を正そうと動いてきた。よって将軍職に復職とし、レオ将軍共々これからの帝国の礎となってもらうつもりだ」
礎。その言葉の響きは、彼女の苛烈な姿にはまったくそぐわない。なにかがおかしいと思った。だがその違和感以上に、戦争が終わる、その安堵が勝っていた。これこそは彼女も望んでいたことだったはずだ。
「……ん?」
「む。どうかなされたか?マッシュ殿」
いや、と俺は言葉を濁す。なんてことはない。彼女が嫌って止まない野菜が、まるで主菜かのように卓上に出てきただけだ。これではこの国では生活しづらいだろうな。そう思って、変な気持ちになる。
「元気にしているとよいでござるな」
カイエンは、俺に耳打ちするようにそう言った。
結局セリスに再会できたのは、それからすぐではあった。だが、あまりに最悪の状況だった。
和平を騙り、世界中を裏切った皇帝は、ケフカとともに世界支配を目論んでいる。魔法の力の祖である三闘神を呼び起こし、大三角島を浮上させた。レオ将軍を殺し、サマサの村人を殺した。
何度目にしたら、この惨劇は終わるのか。村のなかは血と煙の臭いに包まれている。その中心に、彼女は立っていた。ただ無表情に、足元に横たわる遺体を見つめている。立派な体躯をした遺体の周囲には、生き残った彼女の部下らも集まり、泣いていた。
「……セリス。……その人は、……」
真正面からそこに近づき、 俺は視線を上下させる。彼女は、ちらりと俺を見ると、やや驚きながらもまた遺体に目を落とした。
「レオ将軍。……名誉の戦死をされた。最期まで騎士として、村人を守り、戦い抜かれた」
「そうか……。話したことはないが、一度ドマで見かけたことがある。誇りある武人だと感じた」
「そうだ。レオは……兵を決して見捨てなかった。そして戦う力を持たない民のかわりに剣となり、生き抜いた。……それを、ガストラが折った」
言い切り、唇を噛み締めた彼女は、内に秘めた激情でそれ以上の言葉を失っていた。握りしめた剣の柄が、ぎちぎちと鳴っていた。
「……俺はモンク僧なんだ、良ければ弔わせてくれないか」
「ありがとう。すまないが、頼みたい。……彼等に別れの時間をあげてくれ」
兵たちは、泣いていることを隠そうともせず、レオ将軍の遺体にすがっていた。どうして、何故、レオ将軍が。そう、呟き続けている。
すまない。
そう聞こえた気がして、俺はセリスを振り返った。ひどい表情をして、彼女はレオ将軍を見つめ続けていた。
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