自分は目覚めたのか、夢を見ているのか。
さざ波だけが鼓膜を揺らす。紅に染まった空は驚くほど美しく、奇妙だった。
世界は、破壊された。
そうしたのは誰かなんて、問う必要もないくらいわかっている。それでも、信じたくなかった。
優しかったあの人を知っているから。手を握り合って歩いた記憶があるから。自分に向けられる、穏やかな瞳を覚えているから。
シドの死をきっかけに孤島をどうにか脱出し、たどり着いたのは変わり果てたアルブルグの町。
人々はやつれた顔で口々に言う。すべてはケフカのせいだと。
そんなことは知っていた。だけど、耳を塞いで目を逸らした。
アルブルグにはなにも、誰も、いなかった。
新たな町へ旅立ち、その途中で自分が旅をする意味を、考え続けた。
なにをするために旅をしているのだろう。かつての仲間を探し、どうすると言うのか。
(……あの瓦礫の塔に君臨する破壊神を倒す? ――)
そう考えて、セリスは強く首を振った。あそこから放たれる魔力の波動を、知らないわけないのに。
そんなこと、できない。できなかった。
あれほど決心を固めて赴いた魔大陸で殺せなかったのだ、きっと自分にはできない。あの人を殺すことなんて、できない。
それに、かつての仲間たちが生きているのかもわからない。
もしも、この世界で破壊神と戦えるだけの力を持つのが自分だけだったとしても。
(……それでも、私は……)
なんとか見つけた次の町は、元帝国領ツェンだった。アルブルグ同様、町はひどい有り様で、行き交う人々も少ない。
ここにもきっと、仲間は誰もいない。いつか世界中を巡り終えても、誰も仲間が見つからなかったら。
そうすれば、端からケフカを倒すことはできないから。
(仲間なんて見つからなければいい)
そう思った。その瞬間。
激しい閃光に目が眩んだ。一拍遅れて、けたたましい轟音と地響きが町を包む。
「裁きの雷だっ!! ケフカ様がお怒りになられた……!!」
どこからか、そう叫ぶ声がして、思わずセリスは耳を塞いだ。
「子どもが……っ!! 家の中に、まだ私の子がいるんです!!」
悲鳴混じりの女性の叫びが、手のひらを通り抜けた。
セリスは走り出していた。
(運命だなんて信じない。だけどこんなこと、)
目に飛び込んできたのは、家の梁を支える男の姿。震える腕で、それでも梁を放そうとはしない。
一年経ってもまるで変わっていない、むしろよりたくましくなったその身体で、彼は全身全霊で家を支えていた。
「マッシュ……!!」
砂煙で濛々とする辺りに、セリスの呼び声は弱々しく響いた。
だが、男はわずかに首をもたげ、セリスの姿を目に映す。
「……セ、リス……か?」
マッシュは絞り出すように呟いた。急がなくてはならないと、直感的に悟った。
「今助ける!!」
「待てっ!!」
強い語気に一瞬戸惑ったが、マッシュは震えながらも笑みを浮かべた。
「……まだこの中に、子どもがいるんだ……頼めるか、セリス……」
たった一人の子どものために、ここまで。セリスは無意識のうちに頷いていた。
「すぐ戻るわ……!」
仲間なんて、みんな見つからなければいいと。世界なんて壊れてしまえばいいと。
そんなことさえ思っていた自分が、どうして顔も知らない子どものために命を懸けられたのか。
無事に子どもを助けだし、セリスは壊れた家の傍で膝をついているマッシュに駆け寄った。
「マッシュ!!」
彼は埃まみれで、髪も乱れ、所々傷を負っていた。
「セリス。悪かったな、急に」
なんでもないかのように、マッシュは立ったままのセリスを見上げて笑った。
「……生きて、いたのね」
「当たり前だぜ。俺がそう簡単に死ぬ男だと思ってたのか?」
嬉しいのか、哀しいのか、自分でもわからない。息がうまく出来なかった。
「ずっと……探してたのよ」
「ああ。俺も。こんな世界にしやがったケフカの野郎を倒して、世界に平和を……ってセリス? どうした?」
胸に込み上げる気持ちがなんなのか検討もつかない。安堵かもしれないし、恐怖なのかもしれなかった。
マッシュの口からケフカの名を聞いて、ついに観念するしかないと思った。
耳を塞いでも、きっと彼の声は手のひらを突き抜けて、鼓膜を、心を、揺らすのだろう。
じわりと視界が揺らぎ、思わずセリスは倒れるように、目の前のこのたくましい男に抱きついていた。
「せ、セリス?」
マッシュはさすがなもので、半ば体当たりに近かったそれを、わずかに身体を揺らしただけで受け止める。
彼の体は想像以上に筋肉質で、屈強なものだった。
「……ほんとうに、貴方が生きていて良かった……」
それは、本心だった。マッシュの声や笑みが、この上ないほど胸をあたたかくさせる。奇妙なくらいに、安心する。
「……うん」
優しく抱き止めながら、マッシュは低く深い声で応えた。
「俺も、セリスが生きていてくれて良かったよ」
身体を包む優しい温もりに、言い様のない安堵と心地よさを覚える。一年前から、彼は快活で周りを明るくさせるような人だった。
ぽんぽんと背中を叩き、マッシュはあやすように告げる。
「セリス。……一緒に仲間を探そう。そんで、今度こそケフカの野郎を倒そうぜ」
その言葉に、セリスははっとして目を見開いた。
「どうした?」
唇を噛みしめて、少しの間返事が出来なかった。
この人と旅をするということは、旅に確かな行き着く先が出来るということ。ケフカを倒すという、最後があるということ。
そんなこと、できない。
(だけど、それなら私はどうしてこの人を助けたの?)
「……マッシュ……」
その声は震えていて、マッシュはやや慌てたように付け足した。
「大丈夫さ。俺が生きてるなら兄貴も生きてる! 他のみんなだって、絶対無事だよ。そう信じよう、な?」
根拠もなにもないその言葉は、しかし不思議とすんなり胸に落ちてきて、セリスは笑っていた。
笑うしかなかった。
そしてそのまま、彼に頷きを返す。
(言えない。マッシュには、絶対に、言えない)
セリスは黙ったまま、彼の厚い胸板に寄りかかった。
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