マシュセリ

machineな彼女

 握り締めた手首は己のそれより幾分細くて、そしてそれ以上に冷たくて。まるで、生気がないようだったから。

 雪みたいだ、と思った。
 あまり強く握ってしまったら、きっと溶けてしまう。そう感じるほどに。
 だが、緩めることは出来なかった。モンスターの攻撃を避けるために彼女を全力で引っ張らねばならなかった。
 どうか壊れないでくれという願いは杞憂で終わったが、それでもマッシュは内心竦みながら彼女を見た。
 白い肌に、輝くような金の髪。そしてどこか神秘的な碧の瞳。よく悪魔は美しいと言われるが、帝国生まれの彼女が美しいのはそういうことなのだろうか。
 ナルシェのこの一面銀世界の景観にとても似合っているのも、その一因なのかもしれない。
「怪我はどこにもないか?」
 そう問うや否や、セリスは自身の腕を押さえた。
「……大丈夫」
 どう考えたって、嘘だろう。マッシュは無言でその腕を掴み、彼女をじっと見つめた。だがセリスは特に動揺した風でもなく、なすがままになっていた。
 きっと怪我を隠している、と思って掴んだ腕を退かすと、マッシュは思わず眉を寄せた。
「……え?」
 彼女の腕に、怪我はなかった。傷ひとつなかった。
 確かに、血が流れてもいないのだが。それなら何故隠す必要があったのか。
 セリスはただ、どこか冷ややかな視線をこちらに投げかけていた。

 それから幾日か。
 山を越えてさらに西に行くためにフィガロ城に滞在することになり、久しぶりの我が家にマッシュは気持ちが上がっていた。
 十年もの間、帰ることのなかった場所だとは思えないほどに、体は城の隅々を覚えていた。
「お、兄貴? こんな夜まで機械いじりか」
 城の中でも人気の少ない部屋、つまりは倉庫部屋。そこでエドガーはよく機械と戯れていた。
 王さまらしからぬ、といった職人然の格好をしたエドガーは、床に座り込んだまま振り向き、目の保護用のゴーグルを上げて笑う。
「なんだマッシュか。ばあやかと思った」
「やっぱり、今でも怒られるのか?」
「まあな。睡眠も仕事のうちだと言われるんだ」
「……不自由だな、王さまってのは」
「そんなこともないさ。俺はこれでも楽しくやってる。……ばあやも知ってて見逃してくれてるんだからな」
 そうか、とだけ返事し、マッシュはエドガーの隣にすとんと座った。
 相変わらず、兄の作品はよくわからないなと思う。何が理解できないかというと、ずばり用途である。
「……で、これは何に使うんだ?」
「ああ、わからないか? ここがプロペラになっていて、歯車を回すとここが回り出して、するとこっちにそのエネルギーが……」
「いや、原理は聞いてねぇから!」
 ちっち、とエドガーは指を振る。
「む、仕方ないな。つまりは小型の偵察機だ」
「偵察機ィ?」
「ああ」
 エドガーは一度機械を置き、神妙な顔で腕を組んだ。
「おまえも知っているだろうが、帝国には空軍が置かれている。空軍とは言え、飛行距離は大したことはないし規模はまだかなり小さいが……脅威には違いない。フィガロよりも帝国の方が科学力があるということだからな」
「……帝国の科学力……か」
「そうだ。帝国は極短期間で魔導研究をかなり進歩させた。我々はそのことを見落としてはならないんだ」
 兄のただならぬ声色に、マッシュは唇を噛む。
 帝国の魔導研究の産物、それは正しくケフカやセリスといった人工魔導士のことだ。今や帝国では、後天的に魔導の力を手にした者が溢れていると、セリスは言っていた。
「天才科学者シド……魔導研究だけでなく、機械開発にも携わっているらしいが」
 エドガーはぼそりと呟いた。
「……それなら彼は科学者ではなく、発明家なのかもしれないな」
「発明家?」
「そういう人間の大半はな、マッシュ。善悪の波にすぐさらわれるんだ」
 ただ、人に便利をもたらしたいだけ。たったそれだけのために発明したのに。寄せくる波が悪であれば、それはすべて悪になってしまう。
「人間だけじゃない。機械たちも同様にな」
 造り手は神であり親であり、絶対の存在なのだと、ため息混じりにエドガーは言い放った。
 マッシュは口を歪めて、前髪をがしがしとかきながら頷いた。
 機械が悪いのではない、使う人間が悪いだけ。兄はそう言いたいのだと思った。
 そして、おもむろに目の前の機械に手を伸ばしてみる。大きなプロペラが取り付けられており、恐らくはこれで飛ぶのだろう。
 触れた瞬間、ヒヤリとした無機質な冷たさに首筋が震えた。
「……結構重たいけど、ホントに飛べるのか? これ」
「失敬な。今考えているところだ」
「……飛ばないんだな。よくわかったよ」
 エドガーは苦笑して、肩を竦めた。
 それに同じように苦笑いを返してから、マッシュは握った機械を再度見つめる。この冷たさは何に似ていただろうかと思いながら。

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