「さぁみんな、心行くまで飲み食い騒ぎたまえ!」
晴れやかな顔で笑うエドガーは、目の前のたくさんの色とりどりの食べ物の乗った皿を指して言った。
世界の神に取って代わろうとした男は死に絶えた。
それを止めたのは、ここにいる彼らだ。
今日はかねてからの約束通り、その祝勝会をフィガロ城で執り行うことになった。
総勢十数人の出身もバラバラな老若男女が親しげに会話をし、乾杯をするその様子は端から見れば少し変だが、城の者にとってみればいつも通りの光景だった。
「本当に…終わったのよね」
城のホールで、緑髪の娘ティナは、アルコール度数の低めの酒が入ったグラスを傾けながら、しみじみと言う。
隣りにいた金髪の女、セリスはそれにわずかながら頷いた。
「ティナ、身体の調子は?」
「悪くないわ。……でもトランスはしてないの。やってみて出来なかったら悲しいから……」
ティナは金具だけのペンダントを握り締める。
埋まっていた石は、破壊神に堕ちた三闘神を倒したときに消えてしまっていた。
「……私から無くなってしまったものは、たくさんある。きっと、もうこの世界には要らないからね」
「でもティナはここにいる。……世界には貴女が必要だからよ」
「えぇ。……そうだと思いたいわ。私を待っててくれる子どもたちがいるから……」
「……流れ星、か」
見回りさえいない、フィガロ城の高い場所に寝転んでいる青年は、空を見ながらずれた頭のバンダナを直した。
「星なんて盗めもしねぇし、ましてや願い事なんて叶えちゃくれない……」
手を空に伸ばし、決して掴めない星を捕まえようと宙を掴む。
ふ、と鼻で笑ったロックは、何もない手のひらを開いた。
「俺は……宝をいつも、間違える。馬鹿だな……馬鹿だよな……」
時を同じく、城のなかで満天の星を仰いでグラスを傾けるのは、元帝国軍の女たち。
「ティナは、これからどうするの? やはりモブリズへ?」
「えぇ、そのつもり。セリスは?」
「え……」
にこやかに問いかけたティナに、セリスは言葉に詰まってしまった。
「……決めてない」
「そうなの? セリスはフィガロに残るんだって、勝手に思ってたわ」
「どうして?」
「だって、ロックの誘いを断ったって言ったのはセリスでしょう?」
聞きたくなかった名前がティナの口から出て、セリスは顔を歪ませる。
これは、恩を仇で返すことになるのかもしれない。
それでも、私には私の意志がある。
この瞳に映るのは、いつしか貴方ではなくなっていたから。
「そうね。……堪えられないのよ、ずっと思い出に重ねられるなんて。……私、独り占めが大好きみたい。嫌な女だわ」
「セリス……貴女、そんなことを思ってたの?」
くい、とセリスはひと息にグラスを呷った。
「おしゃべりが過ぎたかな。……少し飲みすぎたかしら……」
「そう言いながら飲むなんて、自暴自棄に見えるけれど?」
口ではそう言いつつ、ティナもグラスの残りを飲みほす。
そして、二人はにやりと笑った。
「……もう一杯、飲みましょうか!」
飛空艇の整備で遅れてやってきたセッツァーは、城のホールに入るなり絶句した。
「…なんだぁこりゃ」
「ぁ…しぇっツァ~? 遅かったらないろ~! さぁ飲め呑め!」
広いホールに人は少なく、そこには二人の女しかいなかった。
金髪の方は顔は真っ赤でもう倒れていて、緑髪の方がセッツァーに向かって手を振っている。
酒を飲むとティナはやけに饒舌、絡み上戸になる。
今まさに、ティナはその状態だった。
「おいティナ、おまえ……どんだけ飲んだんだ?」
呆れながら問うセッツァーに、頬を真っ赤にさせたティナはにこやかに、床に散乱する大量の酒瓶を指差した。
「こんだけ~……えへへ」
「……アホか、もう飲むなよ! ……ちっ、しかしセリスは完全にダウンか……」
直に床に寝転がるセリスの頬をぺし、と叩いても、起きる気配は微塵もない。
「ったく。てめぇらは浮かれすぎなんだよ! 酒は飲んでも飲まれるもんじゃねぇんだ」
「うーん? なになに? ……眠いなぁ……」
「こんなとこで寝るんじゃねえ!」
「んー……起きてる起きてる……」
どた、と音がしたと同時に、ティナもその場で眠り込んだ。
やがて規則的な寝息が聞こえ始める。
セッツァーは特大のため息を吐いた。
「ったく……俺ひとりじゃ運べねぇぞ。……放置してぇところだが……」
眠りこける二人の顔を見比べる。
「どっちも顔はそこそこだからな、うっかりしてたら襲われちまうかもわからんし……」
どうしたものか、と自身の顔にある古傷を、指で軽くなでる。
「セッツァー、あんたも大概良い奴になったもんだな」
「あぁ?」
声を聞いただけでは誰なのか判別しにくく、セッツァーは顔を歪めて振り返った。
「……あぁ、弟の方か」
「ん? なんだよ」
「てめぇら、顔はそこそこでも声は殆ど似ていやがるからな。紛らわしいぜ。」
けっ、と悪態つくセッツァーに、弟の方、マッシュは苦笑する。
「……どうやらセッツァーが優しいのは、女に対してだけか」
「筋肉男に優しい男なんて、それこそ怖ぇぞ?」
そりゃそうだ、とマッシュは笑う。
「まぁいいさ。ところで……こいつらを運ぶんだろ?」
「あぁ、アンタが来て丁度良かった。頼んだからな」
「二人ともか? 手伝ってくれないのかよ」
マッシュが言った途端に、セッツァーはあからさまに嫌な顔をした。
「…軽い方ならな」
「おーい。セリスー?」
寝転がるセリスに近づき、マッシュは耳元で叫んだ。
一向に起きる気配は無い。
少し顔を近づけてみても、セリスは可愛らしささえ漂わせて寝ている。
「うっわ、酒臭せぇな……」
酒臭い、と言ったもののどうやら彼女が飲んだのは果実酒のようだった。
芳しい匂いが、頬の赤くなったセリスの色気をどことなく増長させる。
「しかも無防備となりゃあ……いかに修行僧と言えども、襲いたくもなるよな?」
セッツァーの毒づきに、はっとして振り返った。
「ばーか、こんなめでたい日にそんなことするかよ!」
「違う日ならすんのか?」
「ばっ……!! しねぇよ!」
ムキになるマッシュを見て、セッツァーはけらけらと笑った。
遊ばれていたんだと気づいたときにはもう遅い。
次は何を言われるのか、と腹をくくるマッシュに、セッツァーは意外にも真剣な表情を見せた。
「なぁ、マッシュ……」
「うん?」
「寝顔なんざ無防備になるのは当たり前だ。だがこいつらの真に安心した寝顔は、なかなか見れるもんじゃねえ」
いい対価だよ、とセッツァーはティナをおぶる。
文句を言いながらも彼は意外に律儀なのだった。
脱力した人間は重たいもんだな、と舌打ちしつつもセッツァーはティナをおぶったまま歩き出した。
「ふかふかのベッドの方が寝心地良いだろうからな……アンタも早く連れてってやれ」
「ああ。……セッツァー、おやすみ」
「バーカ。俺はまだ寝やしねぇよ」
ふ、と笑ってセッツァーはホールを出て行った。
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