いつも通り、背後から首を狙ってくるモンスターたちを愛刀で切り裂き、奴らの一撃をかわして鋭い反撃を入れて。それが私の戦い方。
避けきれない攻撃は、致命傷にさえならなければいいという気持ちでいく。良く言えば肉を切らせて骨を断つだが、つまりは一種の捨て身ともいえる。一撃を致命傷に至らしめることは、女の身である自分にはなかなか難しい。起死回生の機会を自ら作り出すものが、捨て身だった。
今は仲間たちと戦っているからこそあまり使わないが、相手が強敵であれば使うことに微塵の迷いもなかった。
久しぶりに背中に走る痛みの熱に、私は鼻で笑った。受けた傷など、後で魔法でいくらでも癒せる。
剣に付着した体液を振り払い、すっと鞘に収めた時。
ぐわんと世界が揺れた。
「セリス殿、どうかしたでござるか?」
同じように刀を振るい、収めながらカイエンは首を傾げる。
「いや……なにも」
カイエンに背中を見せぬように、私は返した。なんとなく、手傷を負った自分を見せたくなかった。
ドマ特有の茶色の瞳を不思議そうにしながら、カイエンは私を眺める。
「そうでござるか。しかし、顔色が良くない」
「おーい! カイエン、セリス、大丈夫か?」
とたとたと手を振りながらやって来たのは、マッシュ。
手を振り返す余裕もないほど、私の平衡感覚は歪む。
「おお、マッシュ殿。こっちはバッチリでござるよ。なかなかの相手であったが大した怪我もなしでござる。そちらは?」
「俺は楽勝! って、セリス? どうしたんだよ黙りこくって」
「えっ?」
呼ばれて、反射的に頭を急に上げたのがいけなかった。
私の頭はぐわんぐわんに揺れ、堅いもので殴りつけられるような痛みが響いた。
体中から力が抜ける。
視界が暗くなって、必死なマッシュとカイエンの声だけが耳を通った。
モンスターに毒をもらったのだと思った。
虫の音に、私は目を覚ました。
真っ暗ななかに、私の手を握り締める人がいる。見えなくて体を起こそうとすると、ベッドが小さく軋んだ。
「セリス?」
声でわかった。マッシュだった。
うん、と返事したかったのに、私は言葉を発していなかった。
「目が覚めたんだな、……水とか飲むか?」
いらない、と言いたいのに、少ししか首が動かない。なんだか自分の体ではないような痺れ。
「モンスターの毒にやられたんだよ。背中、痛むか?」
言われてみれば、ベッドに当たって痛みがあった。
こくんと頷くと、マッシュが寝返りを手伝ってくれた。
うつ伏せになって、横のマッシュをちらりと見ると、困ったような顔をしていた。
ここが飛空艇の私の部屋だとはわかるが、今は何時なのだろうか。彼もいつからここにいるのだろう。
「ティナがいれば解毒の魔法できたんだけど」
モブリズにいるティナは、魔法もろくに使えない。戦えないだけでなく、支援もできない状態なのだった。
それはそうとして、マッシュの何か言いたげな視線が気になる。
「応急処置したの俺なんだけどさ……その、何というか。変なことはしてないから」
変なこと。なんとなくエドガーが頭に浮かんだ。
「そんで、……包帯を変えたいんだけど、いいか?」
体が動かないのだから、やってもらうしかない。
お願いする、とできる限り微笑んでみせるとマッシュは苦笑を返した。
布団をめくり、背中に手が触れる。痺れてはいるが、感覚そのものはあるようだった。
幾重にも巻かれているであろう包帯の留め具を外され、今まであった窮屈感が無くなる。そのままぐっと肩を持たれ、彼に上半身を支えられて、ベッドから少し浮いた状態になった。
ふぅ、と息をつくと、マッシュが僅かに驚いたのがわかった。
「ごめん、痛いか? でも少し辛抱してくれ」
包帯を解かれ、思わず自分の背中の傷を想像する。青く変色していたりするのだろうか。
ベッドに下ろされ、私は深くベッドに沈み込んだ。
「背中の傷、膿んでないし傷痕は残らないと思う」
良かった、と一瞬でも思った自分が笑えた。傷痕があろうが無かろうが、前は別にどうでもよかったのに。
ぺた、とマッシュの大きな手が背中に当てられる。次いで、軟膏のような強烈な香り。
「ん? 気になるか? これはな、ダンカン師匠の軟膏だ。すっごく良く効くぜ」
背中の筋に沿って、温かい手が軟膏を塗りたくる。背中から温かくなっていく感覚に、しばらくすると眠気さえ覚えていく。
「よし、じゃあ包帯巻くぞ」
上体を持ち上げられ、ウトウトしていたせいで必要以上に驚いてしまった。
「おいおい、今さら恥ずかしがるなよ、こっちが恥ずかしくなるだろ」
慣れた手つきで胸元に包帯をあて、背中と交互にくるくると巻いていくマッシュの表情は窺えない。
巻き終わるとまたうつ伏せでベッドに着地させられた。
「んっ」
包帯を引っ張られ、急な息苦しさに思わず声を漏らしてしまった。
「ごめん、我慢してくれ」
力強く背中を押さえられ、言われた通りにするしかない。
「大丈夫か?」
こくこくと頷くと、マッシュは優しく額を撫でてくれた。
「痺れは直に消えると思うが、そうしたら傷も痛む。今のうちに休んでおけよ」
頭を撫でる温かい手が、とても心地良かった。
「セリス?」
手を掴みたいと思った。
けれど、そのための手は動かなかった。
こんなに近くにいるのに、彼と私は離ればなれだ。
睡魔が襲う。
肝心なとき、私はいつも使えない人間だった。
私の短慮によって、色々なことがねじ曲がってしまった。
あの時ケフカを刺さなければ。いや、いっそのこと仕留めていれば。
違う、もっと以前からだ。
私が帝国を出なければ。生まれなければ良かったのに。
重くなり、開かない瞼の中側で私の見てきたあらゆることが思い起こされる。
底無しの暗闇、鮮やかな赤、凍えるような青。
それを抜けた先には、何か、光り輝いた、もの。
温かな仲間。
そうだ、と気づいた。
この人たちと会わなかったら良かったんだ、と。
光り輝く温かな世界を見てしまったから、焦がれるあまり、最も簡単で単純な道を選び取ることが出来なくなったのだ。
「セリス」
優しく囁くような声で、マッシュは私を呼んだ。眠っていたのだろうか、私は一瞬で夢から覚める気持ちがした。
「眠ってるのか?」
相変わらず瞼は開かなかった。だから眠っていると思ったのだろう。私もそれで良いような気がした。彼がゆっくりと私の手を撫でてくれているから。
マッシュは多分私を見下ろしていた。
「俺も男なんだけどなぁ…」
それがまるで、挑発のようにもぼやきのようにも聞こえ、内心ひどく戸惑ってしまうのをひた隠して次の言葉を待つ。
「ま、兄貴たちには任せらんないし。仕方ないか……嫌だって意味じゃねぇんだけど」
眠っている私に慌てて取り繕ってしまう彼の生真面目さに少し笑ったが、元々マッシュはそういう紳士さがあって、やはり生まれが良いのだと気づかされる。
ぎしりとベッドが沈んだ。マッシュが座ったのだろう。
そして、私の顔にくすぐったく垂れていた髪を丁寧に払ってくれた。
「あんま無茶すんなよ。……傷ついたおまえを見たくない」
するりと頬を滑る手の大きな温かみを感じていた時、あれ、と思った。
前にもこの言葉を聞いたことがある気がする。
そうか、と私はつい納得した。
傷を見せたくないという後ろめたさがあった。それは、この言葉を聞いたことがあったからだったのだ。
どこで、誰に言われたのかは思い出せないが、自分ごとき人間を大切に思ってくれる人がいるのだと、嬉しかった。
「おまえも、自分から傷つこうとしないでくれ。……俺が辛いから」
どうして、と問おうとした瞬間、私はあまりに単純な答えを見つけてしまった。
しかし、そんなはずない。そんな自分に都合の良い解釈をしていいはずがない。
「……セリス…」
彼があまりに切なくそう呼ぶから、鼓動が跳ね上がる。
次に紡がれる言葉を待つのが怖くて、結末を聞きたくなくて、わざと私は小さく呻いて体をよじった。
にも拘わらず、マッシュは私の手を取った。
「……!」
そんな気障なこと、彼がするとは思っていなくて、思わず顔が熱くなっているのに気づく。
手のひらに落とされた唇の熱が、私を少しずつ溶かしていく。
「……おやすみ」
優しく囁き、マッシュは立ち上がった。
大切にされているのだという自覚が、苦しいほど恥ずかしい。
明日からどんな顔を向ければいいのだろう、私はひどい顔で彼から視線を逸らしてしまうかもしれない。
傷つけたくないのは私も同じなのに。
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