「さ、もう寝るか!久々だよなぁ、屋根のある寝床は」
マッシュは嬉しそうにセリスに笑いかける。
「屋根というか、洞窟だけど。でもベッドもあるし、確かに久々ね」
粗末な寝具を引っ張って、体にかけて、それだけで幸せな気分になる。
椅子から立ち上がってマッシュも向かいのベッドに入った。
セリスは岩の天井を眺めつつ、その衣擦れの音を聞く。
「蝋燭、消していいか?」
「えぇ」
ふっ、と息をかけて、途端に部屋は真っ暗になった。
扉から差し込む微量の月明かりだけが光源で、お互いの顔はわからない。
「やっぱり、暗いわね」
「怖いか?」
そう問う声は、侮辱ではなく心配だった。
セリスは、暗くてわからないだろうが微笑んだ。
「大丈夫よ」
「そっか」
扉からは虫の声が聞こえる。
耳鳴りが聞こえるよりよっぽど良かった。
「寒くないか?」
「マッシュ、それ過保護よ」
「う……」
「うそ。大丈夫よ、ありがとう」
限りなく優しく言って、セリスは目を閉じた。
「おやすみ、マッシュ」
「……あぁ、おやすみ」
胸が暖かいのは、きっと寝具のおかげだけではなかった。
深夜、二人は異様な地響きに目を覚ました。
「セリス、起きてるか?」
「えぇ。何かしら……?」
枕元の武具に手を伸ばし、耳を澄ます。
「近づいている……?」
「あぁ、こっちに来てるな。しかも馬鹿でかい」
「夜目が利くのかしら?」
「いや、月明かりだけでも外は十分明るい」
マッシュは立ち上がった。
「なら、私たちも戦えそうね」
剣を握りしめ、セリスも立ち上がる。そして二人は目を合わせた。
「ティナは戦えない。子どもたちを守りつつ戦うぞ!」
走って洞窟からでると、すでに目視できる地点まで敵は迫っていた。
「ティナたちはあの家にいるはずだわ!」
「ちっ……アイツと近いな。俺が足止めする!」
「わかったわ!」
二手に分かれ、セリスは小さな小屋へ駆ける。
小屋のドアが乱暴に開かれ、中から案の定子どもたちが大勢走り出してきた。その中にはティナの姿もあった。
「ティナ!」
「セリス、この子たちをお願い!」
「何言ってるの、戦えないなら一緒に隠れてて……」
「この子たちを守るためなら、戦ってみせる!」
「待ってティナっ!」
掴もうとした手は既に駆けだしていた。セリスは思わず舌打ちをし、だが怯える子どもたちを放ってはいけない。
「こっちへ!」
小さい子の手を取り、ティナと逆の方へセリスは駆け出した。
来た道を逆走し、セリスとマッシュがいた洞窟へ子どもたちを避難させ、セリスはまた走った。
「ティナ!」
遠くで、魔法の詠唱をするティナが見える。
だが、本来多量に出るはずの魔導の力の波が来ない。
ティナの表情は苦悶に変わっていく。
ざわ、とセリスは胸さわぎを覚える。
やはり、ティナは戦えない。
ティナを庇うように月明かりの下、マッシュは大きな緑のモンスターと戦っているが、このままでは勝てない。
腰の剣を鞘から抜き出し、セリスは駆ける。
「ティナ、下がっていて!」
「セリスでも……!」
「マッシュ、ティナをお願い!」
「わかった!」
振り下ろされた拳を跳んで避け、セリスはモンスターの足下に飛び込み、その付け根に一太刀浴びせる。
野太い悲鳴をあげ、モンスターはセリスを睨んだ。
「セリス、無茶するなよ!」
マッシュはティナを担いで走り出す。
「大丈夫よマッシュ!」
苛立ちの頂点のモンスターは、力任せにセリスへまた拳を当てようとした。それを避けてセリスは器用にその手に乗り、モンスターの腕を駆け上る。
首ががら空きだ。
「はっ!」
下から剣を振り切って、モンスターの首を斬った。
しかし、浅い。
薄皮を斬ったところで、このデカブツは死なない。
「くっ……もう一太刀か」
空を斬って剣を振りかざす。
その時、モンスターは体を振って揺らした。
タイミング悪く、セリスは思わずバランスを崩した。
次いで、モンスターの腕が振るわれた。
「……!!」
バランスを崩しているせいで避けられず、セリスはその一撃を剣で受けざるをえなかった。
だがそれだけでは到底、衝撃、威力共に減らせるような代物ではない。全身を鈍い痛みが突然巡る。
「うっ……」
殴られた衝撃でセリスは吹っ飛び、モンスターの上から転げ落ちた。
さらに地面に叩きつけられ、セリスは痛みに身を悶えた。
だが、負けられない。
セリスは素早く半身を起こす。
「……くっ」
仰げば、モンスターは目の前だった。これでは回復魔法も唱えられない。
月に照らされ、テラテラとした緑の皮膚はやけにおぞましい。大体大人三人ほどの背丈があるコイツは、蛙を睨む蛇さながら、勝ち誇った微笑をたたえているように見えた。
ぞくりと背中が震える。
こいつは強い、もしかしたら自分よりも。
地面に落ちてなお剣を手放さなかった自分を褒め、セリスは自身を鼓舞した。
「マッシュが戻るまで、必ず止めてみせる!」
立ち上がって剣を高く構え、モンスターに向かってセリスは威嚇する。
間合いを計り慎重に一歩ずつ遠のくと、モンスターはそれを悪あがきと思ってか、ただ眺めている。
「おまえのその自信が、敗北の理由になるわよ」
言葉での挑発は無意味とばかりに、モンスターは嘲笑のようなものを浮かべている。
それはセリスには好都合でしかなかった。
金属の音を響かせ、素早くセリスは剣を振り目を閉じる。
「来たれ、汚濁の生物!……バイオ!」
言うが早いか、モンスターは音もなく苦しみ始めた。
泡を吹いてもがき苦しむモンスターから、セリスはゆっくり距離をとる。
詠唱の比較的短い魔法は役に立つと言っていたのは誰だっただろうか、とセリスはぼんやりと考え、そしてそれをやめた。
「……治っただと」
モンスターはぴたりと喘ぐのをやめ、黄色の瞳だけがセリスを見据える。
そして不気味に口角を上げた。
「く……」
もう一度体を緊張させ、セリスは構える。
次いで素早く自動回復の魔法を唱えた。
これも詠唱が短い魔法の一種で微々たる回復量だが、無いよりはましだ。
時間さえあればこいつを倒すことは可能だ、とセリスは思った。マッシュが来る前にけりが付くかもしれない。
睨み合う両者。月がモンスターを背後から照らす。瞬間、真っ暗いモンスターの顔面でぎらつく黄色の瞳が、他方へ向けられる。
「余程の余裕か?」
忌々しく言い放ち、その隙を逃がさずセリスは魔法の詠唱に意識を集中させた。
だが、思いがけないところから声が発せられ、セリスは思わずそちらを振り向いた。
ティナたちがいた小屋からだ。
そしてモンスターはそこをじっと見ているのだ。
「まだ子どもがいるの!?」
そんなばかな、とセリスは走り出した。と同時にモンスターも動き出す。
小屋から女の子が震えながら現れた。
セリスはその手を掴み、引き寄せる。
「もう大丈夫よ!」
女の子は泣きながら小さく頷いた。
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