人々のざわめきが、会場を満たす。
それを柱の影から冷めた眼で見渡す女がいた。
長い金の髪をうざったそうに全て右に寄せ、女は腕を組んで柱にもたれていた。
開かれたパーティーにさしたる興味もない、という雰囲気を醸している。にも拘わらず、参加者たちは一様にその女をちらりと窺っていた。
女はまるで芸術品のように美しかった。
「さてさて、今日も社交辞令のオンパレードだ。気合い入れたか?」
兄の茶化した物言いに、弟はスーツの胸元を正しながら苦笑する。
「いい加減、慣れたよ」
「そうか、そりゃよかった」
比較的体格の良いこの兄弟は、さる企業の御曹司で、双子であるからか家督争いをすることもなく、二人仲良く次期後継者として育てられていた。
企業が巨大であるのと、二人とも顔かたちが良いのも手伝って、挨拶回りに割く時間は凄まじい。
「慣れたなら、二手に別れるか? そっちの方がずっと早く終わる」
兄の方は社交に慣れていたが、弟は素直な性格が災いしたのかなかなかこういうものには不慣れでいた。
弟は、固められた前髪を撫で付けて、肩をすくめる。
「会社が倒産してもいい?」
「あのな、マッシュ。いつかは一人でこなすんだから。練習だと思ってやれ」
「はいはい……わかったよ」
そうして、広いパーティー会場で双子は別れた。
有名企業の重役ばかりの面々に、多少たじろぎつつも、弟は必死に笑顔で挨拶を交わした。
父親に連れられて、幼少からこういった集まりによく参加していたため、顔馴染みも結構に多いのがなによりも救いだった。
「……あれ?」
その時、ようやくマッシュは気がついた。柱にもたれ、物憂げにグラスを揺らす女に。
「なぁ、あれ誰だ?」
昔から親しい企業の御曹司に問うと、彼はわずかに眉を上げた。
「ああ、今更気がついたのか? 彼女はエンペラー社のご令嬢さ」
耳元で、彼から聞かされた社名は、誰もが知る大会社だった。
瞬間、マッシュは目を見開く。
「えっ、そうなのか? でもあそこ、後継者がいないって噂があるじゃないかよ」
「だから、彼女は隠し子なんだよ。今まで公にされてなかっただけ」
「か、隠し子!?」
「バカ!! 声がでかいんだよ!」
どかっと腹を殴られ、マッシュは慌てて口をつぐむ。
「……とりあえず、挨拶しとくべきだよな」
「ああ。しっかし彼女、偉いべっぴんさんだよな。色々な意味でみんな注目してるぜ。あれじゃ母親も相当綺麗なんだろうなぁ」
友の言葉に対して耳も貸さず、マッシュは女の方へ歩き出す。
確かに綺麗、かもしれない。実際、よくわからない。
兄の女好きに反して、弟は非常にそういったことには無頓着であった。
近づくにつれ、女の詳細が見えてくる。青の、きわどいスリットの入ったドレスがよく似合っている。
途端、あっ、と思った。
まるで、絵の中の女神みたいだと。
すっとその瞳が、マッシュを射抜いた。
「……なにか、ご用?」
「あ、えっと」
「ご挨拶かしら」
「そ、そう。挨拶をしに」
女はゆっくりと、柱から身を起こした。
「お祖父様には私からよろしく言っておきますわ」
にこ、と女は笑んだ。取って付けたような笑みだったのに、ひどく美しかった。
「そろそろお暇しようと思っていたの。それじゃ、私はこれで」
「あ、待ってくれ!」
思わず、その背中を呼び止めていた。
「なにか、他にもご用が? 祖父への伝言ならお受けしますけど……」
「いや、そうじゃなくて……君の、名前は?」
「え?」
驚いて、女は目をまんまるくさせた。それはなんだか可愛らしくて、幼く見えた。
「……セリスよ」
「セリス」
良い響きだなぁと、漠然と感じた。鸚鵡のように名前を繰り返すと、セリスはふふっと目を細める。
「貴方は?」
「俺? 俺はマシアス。フィガロコンツェルンのマシアスだ」
大抵の人はこの社名に目を見開くものだが、そう、とセリスはただやわらかに笑った。
「また会えるといいわね」
くるりと翻った金の髪が美しく、マッシュは去るその背中をずっと見つめていた。
「……あれは噂のエンペラー社の娘か」
「わっ! 兄貴か」
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