ひどい吹雪が視界を完全に阻む。
あたたかな船内から窓を眺めても、目につくようなものはほとんど何もなかった。
蘇った飛空艇ファルコン号はたった四人を乗せて、北へ向かって飛行していた。
だが、折しも天候が悪化してしまい、吹雪が止むまでは動けなくなってしまった。
一応空調設備などは完備されており、大した心配事はないのだが。
燃料節約のために四人は一所に集まり、各々時間を過ごしている。
セリスは先ほどから代わり映えのしない景色を、飛空艇のホールの窓から眺め続けていた。
雪を見ていると、一年前のナルシェを思い出す。
そこで初めてたくさんの仲間たちに出逢ったのだ。
「……ずいぶん北まで来たよなぁ」
不意に耳元で呟かれ、セリスは反射的に顔を上げた。
声でわかっていたが、やはり頭上で気さくに笑うのはマッシュだった。
「そうよね。ナルシェが近いのかしら?」
「かもな。正しい地図がないからわかんねえけど」
「……地形はだいぶ変わってしまったものね」
自然と視線が下がりそうになったが、マッシュはそれを酌んでくれたのか、いっそ無邪気に微笑んだ。
「そのおかげでまるで知らない世界を旅してるみたいでドキドキしたぜ、俺は」
「冒険みたいで?」
「そう。冒険みたいで」
不謹慎な話だが、セリスは思わず吹き出した。なによりも、彼が本当に純真な目をしていたからだった。
「ひどいなぁ、笑うなよー」
「だって。マッシュったらホントに子どもっぽいこと言うから……」
「……もしかしてバカにしてる?」
「ほめてるのよ」
「なーんか納得できねぇな……」
いいじゃない、と笑う口を押さえてセリスは彼の胸板を軽く叩いた。
「それが貴方の良さよ。ね、エドガー?」
「うん?」
少し遠くのソファーで、セッツァーと優雅にワインを飲んでいたエドガーは、にこやかに顔をこちらに向ける。
「なんだい?」
「マッシュの良いところの話。無邪気なのが良いんじゃない? って」
「ああ、賛成だよ。セリスは目の付け所が違うね。本当に素晴らしい。天女のような美しさに加えて、理知的な瞳……痺れるね」
「……私をほめなくても良いから」
本当にこの人は、と額に手をつき肩を落としてみせるが、大した効果はないようだ。
話の止まらないエドガーに苦笑していると、隣のマッシュが腰を屈めてそっと耳打ちしてきた。
「兄貴に話を振ったのが間違いだったな」
「本当。マッシュがどうにかしてよ」
「なんでだよっ」
「あんなんでも一応お兄さんなんでしょ」
「セリスが話を振るからだろ?」
ああだこうだと言い合う二人を見やり、エドガーは至極さわやかに首を傾げた。
「……君たち、すべて丸聞こえなのはご存知かな?」
一連の会話をずっと黙って聞いていたセッツァーも、思わず肩を揺らして笑いを堪えている。
なんとなく気恥ずかしくなって、セリスは視線を再び窓にやったが、相変わらずの風景には逃げ場はない。
くっく、とセッツァーは喉を鳴らしながらソファーに仰け反った。
「……夫婦漫才と双子漫才のコラボか……余興としちゃ悪くないな」
「なにか言った?」
「いいや? なにも。この面子、なかなか居心地が悪くねえと思ってな」
「居心地か。確かに、それは私も感じるな。美しいレディと実弟と、……ギャンブラー? と」
「なんで語尾が疑問形なんだよ。窓から投げ飛ばすぞ」
「おう、それなら俺が手伝おうか?」
「マッシュ! なんてひどいことを……泣くぞ」
「やめろよっ」
セリスはまばたきをしながら、自分より一回り大人の男たちの少年のような掛け合いを眺めていた。
普段はそう見えないが、確かに彼ら三人は同い年なのだと妙に納得する。
年頃の近い人間とあまり縁がなかったことを後悔したことはないが、彼らを見ているとそれはとても楽しいことなのだろうなと想像した。
「セリスもすぐ泣く男は嫌いだってさ。な?」
「え?」
急に話を振られ、動揺してマッシュを見上げると、彼はやっぱり快活な笑みを浮かべていた。
マッシュはおそらく気を遣ってくれたのかもしれないと思った。わざわざ輪に入れるために。
少し不器用だけど、だからこそ嬉しい。
「……そうね。駄目よエドガー、しっかり覚悟を決めなさい」
笑いながら言うと、エドガーは飄々と肩をすくめてみせた。
「忘れてたよ。君はマッシュ贔屓だったな」
「贔屓って……別に、そういうわけじゃないけど」
「認めろ認めろ。どうせ好きなんだろ?」
セッツァーが心底愉快に呟く。
「ちょっと……っ!!」
それにカッとなり、セリスは途端に声を荒らげた。
いや、荒らげようとした。
「兄貴もセッツァーも、冗談が過ぎるよ。それじゃセリスがかわいそうだろ」
マッシュがやけに穏やかに返すので、すっかり毒気を抜かれてしまったのだった。
見上げると、にこりと笑いを返されて、そしてまたなんとなく理解する。
彼は本当に、少し不器用だ。
かわいそう以外にも適切な言葉はあっただろうが、多分助け船を出してくれたつもりなのだろう。
ありがたいし本当に嬉しいのだが、ひとつマッシュに教えてあげたい。
この二人はマッシュが敵うような敵ではないのだと。
話を終わらせようとして苦笑う口を開きかけた時、エドガーがくすくすと含み笑いをした。
「どうやらマッシュもセリス贔屓みたいだなぁ……兄は悲しいぞ、マッシュ」
「贔屓なんかしてねえってば」
「だから認めろよな、いい加減。顔が赤いんだよ」
ワインを飲み干したセッツァーは、呆れた風に髪をかき上げる。
「アンタ、よっぽど嘘をつけないみたいだなぁ。ま、そりゃそうか……ポーカーも弱いもんな」
くっく、と悪者然として言うセッツァーを見て、セリスはやっぱりと片眉を上げる。
あの二人より口が回る人間なんていやしないわけで、そんなのから二人がかりで遊ばれたら堪ったもんではないだろうに。
「あのねぇ、セッツァー」
「あん?」
「マッシュは貴方たちと違ってウソつきじゃないのよ。ただそれだけ、別にいいじゃないの」
「待て待て。貴方たち? 私も入っているのかい?」
「そもそも俺は嘘なんか吐いてないだろうが」
「口答えしないの」
冷気のこもった一言に、セッツァーとエドガーの顔が固まる。
今まで押し黙っていたマッシュ慌ててがセリスの肩を叩いた。
「ま、まあこの話は……な、もう終わりでいいよな?」
苦笑混じりのマッシュと、引きつるエドガーと、嫌味に笑むセッツァー。三人を順に眺めてから、セリスはため息をしつつ仕方なく頷く。
そういうところが、と思う。
言葉が鋭利になっていることに気づけない自分を、不意に省みさせてくれる。
誰よりも力があるくせに、決して誰かを傷つけたりはしない。
力ある者が搾取する国に生まれ育った身からすれば、それはひどく意外で、神聖なことに見えた。
「わかったわ。じゃあこの話は終わりにする」
「というか元々なんの話だったんだっけ……?」
「もういいわ。やっぱりエドガーに話を振った辺りから間違いだったのよ。マッシュの言う通りだったってことね」
「う、うんー?」
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