荒廃した世界も、最近はやや暖かくなってきた。
季節が一巡するのだ。
「あ、そういえばセリスー」
飛空艇ファルコンは、今日も平和だ。魔力を込めない(つまりは動かない)スケッチを描きながら、リルムは目の前のモデルに話しかけた。
「今日はあれだよね、ほら、ええと」
「ホワイトデー?」
「ああ、そうそう。それ」
手元を動かしながらだと、つい思考が進まなくなってしまう。
ちらとセリスを見、リルムは少しの間だけ手を止めた。
「バカ男性陣がなんかキッチンで頑張ってたの、知ってる?」
「えっ、知らないわ」
「ああ、動かないで!! ……ティナとセリスからのチョコが義理だってわからないのかなぁ」
およそ一ヶ月前、セリスとティナは飛空艇にわんさかいる飢えた男たちの為に、腕を奮ってチョコを作っていた。
期待をされればあげないわけにはいかなかったのだ。四六時中顔を合わせる仲間であるから。
リルムはチョコの絵を描いてみんなに渡したのだが、女性二人からの贈り物に正気を失った男ばかりだったのを覚えている。
「……どうかしらね。でも返してくれるならそれだけで、ありがたいじゃない?」
「またまたぁ。本当は気持ちが込もってたら嬉しいんでしょ?」
誰からの、とは敢えて言わない。それでもセリスは顔を赤くさせて俯いた。
金の長い髪が肩から落ちて、その光景は子どもの目からしても美しかった。
「ま、まあそうだけど……」
「いいなー……リルムも溶けるような熱い恋してみたい!」
「なっ、何言ってるのよ、違うわよ?」
「でも最近、セリス綺麗だよ。恋してるからでしょ。ティナが言ってた」
「……ティナのはどうせエドガーの受け売りでしょ」
「んー……でも合ってるじゃん?」
「うーん…………あっ!! その手には乗らないわよっ」
「ちぇっ」
黄色の絵の具をチューブから捻りだし、リルムは先ほどの鮮やかな金髪を描きたいと思いながら、筆先でぐりぐりと色を伸ばす。
「ねぇ、セリスってどんな恋愛経験あるの?」
「えぇっ? 今度は何よ」
「そんなに綺麗なのに男が放っておくハズないじゃん」
リルムの言葉に、セリスは小さく笑った。愉快そうでもあり、残念そうでもあった。
「……経験なら多分、リルムと同じくらいよ」
「そんなワケないじゃん、嘘つかないでよぉ」
「嘘じゃないわ。命が惜しいと思わない男がいると思う?」
「? ……どーいう意味?」
「そのままよ」
そう言って微笑みかけてきたセリスの瞳は、なんとも言えない不思議な色をしていた。
「セリスは……」
「え?」
「セリスはさ、「セリスーっ!!」
突然勢い良く開けられたドアから、男声の三重奏が大音量で放たれた。
「うわっ、もうなんなのさっ!!」
「な、なに!?」
「いやいや、驚かせてすまないね」
砂漠の王様であり、女たらしの王様であるエドガーがエプロン姿で、前髪を撫で付けてセリスの元へ近付いてくる。
「君から貰ったバレンタインの贈り物のお返しを持ってきたんだよ」
「おいっ、エドガーてめぇ、退きやがれっ!!」
「ぐわっ」
ドスっという危険な音と共に、エドガーは倒れた。背中にはダーツが刺さっている。
「ちょ、ちょっとセッツァー? これは不味いんじゃ……」
「はっ、こんなくらいじゃくたばらねえよ。……それより、セリス。俺からのプレゼントを貰ってくれないか」
倒れたエドガーの手から箱を奪い、セッツァーは一度、それに口づける。そして、セリスの手を掴んでそれを乗せた。
傷だらけの顔だが、セッツァーもなかなかの色男だ。その表情は一世一代の決め顔だろうとリルムは思った。
「きっと美味いぜ。……これを食べたらすぐに俺の部屋へ……ぐおっ!?」
「ふざけんなよセッツァー、それは無しだぜ」
セリスの手を掴みながら、横からの手加減も慈悲も何もない激しい蹴りに、惜しくもセッツァーは倒れ伏した。
わけのわからない間に、既に二人の男の惨劇が起きた。当事者であるであろうセリスは完全に混乱していた。
「ろ、ロック、一体何してるのよみんなで」
「なんでもないさ。それより……このチョコ、美味いのは本当だ。俺たちで作ったからな」
「ああ、さっき作ってたやつのこと。リルムもちらっとしか見てないけどさ、なんか怪しげな煙とか出してたけど、本当に大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だ!!」
「怪しい……」
「怪しくない! だから食べてくれるだろ、セリス?」
「え、ええ……いただくわね」
可愛らしい包みをほどき、中の艶やかな一口大のチョコを細い指が摘まむ。
本当に、セリスは一つひとつの動作が絵になる。
リルムとロックはお互い違う意味で、やや緊張してそれを見つめていた。
「あら、綺麗にできてるのね」
「あ、ああ……そうだろ?」
「見た目は合格よ。……」
動きがスローで見えていたのは、何もリルムだけではない。
「……あ」
「……あっ!?」
口を開けてチョコを食べようとしたセリスの手を、素早い手刀が打ち、チョコが宙を舞った。
ロックが駆け出して、それをキャッチしようと手のひらを差し出し、見事その上にチョコを捉える。
そしてそのまま、床に顔面からダイブしたのだった。
「危なかったぜ……」
そう言ったのはロックではなく。
「な、ななな……何、しやがるんだマッシュ!?」
「な、何よ……今度は何?」
はぁ、と大きな肩を落としマッシュは息を吐く。周囲に倒れた人影を認めると、更に顔を歪ませた。
「兄貴じゃあるまいし……ロック、おまえまで荷担してるとは思わなかったよ。……まぁ、結局は仲間割れしたみたいだが」
「う、うるせっ」
「……荷担って何? ロック」
打たれた手首をさすりながら、セリスは碧の瞳を険しくさせる。
惚れた女には弱いようで、チョコを大事そうに手で包んで立ち上がったロックは、明らかに目を泳がせた。
「い、いやぁ? 何だろな……俺も初めて聞いた」
「嘘は為にならないわよ」
「本当だって! マッシュの勘違いじゃないのか?」
「……ロック、見損なったぜ」
マッシュの、こんなにも失意に満ちた声は初めて聞いたかもしれない。逆に、ロックがここまで狼狽しているのも初めて見る。
これは、絵描きよりも楽しくなりそうだ。
「じゃあ、キッチンで見つけたこれは……なんなんだ?」
「うっ……そ、それは……」
「なぁに? それ」
「あー……嬢ちゃんにはまだ早いかな」
「尚更、気になる!」
コメント
このお話面白いです。
マシュセリでもいいので続きを読みたいです。
エドガー達(マッシュ除く)が使ったであろうそれは、絶対にだめなやつだと私は思ってます。
セッツァーのセリフからしてその手の物だと思ってますので(エッチ系)。
カイエンとかガウとかも使わなさそうだし…君達ティナにもお返ししたのかな?
そんな感情がふつふつと…。
後でセリスに制裁されて下さい(カイエン、ガウ、マッシュ除く)
コメントありがとうございます~
このノリではもう書けない気がするものがいくらかあるんですが、これはそのうちのひとつですね。
お察しの通り、やっていいことと悪いことが、ありますよねぇ~……ということで、これは…ちょっと続きは難しいかもしれないです。笑
若気の至りのおふざけとして、許してください~…