★桃太郎的5題
01:おまえのおかげで俺はいる
02:別れ際のプレゼント
03:会えていないけど元気ですか
04:「もうしません」とペコペコ謝罪
05:宝を手にして、あいつの元へ
―おまえのおかげで俺はいる―
爽やかな風が、さわさわと麦畑の無数の穂を揺らしていた。
コーリンゲンの村が一望できる丘に立つ、小さな小さな墓。
その目の前に座り、携えた花束をそっとそこに横たえて。
ロックはふわりと微笑んだ。
「……よう。久しぶりだな」
レイチェル、と懐かしい名を呼ぶ。
墓参りはいつぶりだろうか。
ケフカを倒して世界が救われてから、もう二ヶ月だ。
ということは、レイチェルをきちんと送ってやってから、もう二ヶ月と少し経ったのだ。
バンダナを少し目深にして、ロックは墓に刻まれた言葉を眺める。
「……その花束、あいつが見立てたんだぜ。綺麗だろ? ちょっと意外だよな」
ロックは無邪気に笑んだ。
セリスはすべてを受け止めて、共に歩もうとしてくれた。
それに応えたい、とロックは真っ直ぐに思っていた。
セリスを守ることだけを考えて生きていこうと、そう決めた。
「それもこれも全部……おまえのおかげだよ」
レイチェルが俺を許してくれたからだ、とロックは呟く。
貴方の愛する人を守ってあげてね。
そう、レイチェルは笑って言った。
「あの時……おまえが俺を突き飛ばした時の感触は、まだ覚えてる。多分忘れることはないと思うけど……」
レイチェルのことを忘れる必要はない、と言ったのはセリスだった。
セリスには辛いことだろうに、笑って言っていた。
「バカ野郎だよな、俺」
ずっと守らなければならないと思ってきたのに、本当は守られていたのはいつだって自分の方だった。
空回り、だったのかもしれない。なによりもまず秘宝を追い求めてきたことも、届かないところまで手を伸ばして守ろうとしたことも。
レイチェルを傷つけて、セリスを傷つけて、そうしてやっと気がついた。
「レイチェル。俺……決めたぜ」
嗅ぎなれた青草の匂いが、ふんわりと鼻をくすぐった。
「もう二度と、あいつを悲しませない。だから安心してくれ」
決意をレイチェルに告げると、まるで頷いたかのように風が吹き抜けていった。
ロックは立ち上がり、抜けるような空を仰ぐ。
(俺はセリスと同じ時間を生きていくよ。……なぁレイチェル)
「ありがとな」
ざあっと風に舞い上がった木の葉がコーリンゲンの村一帯に飛び去っていくのを見て、ロックはくるりと墓に背中を向けて、歩き出した。一歩一歩、確かに踏みしめながら。
―別れ際のプレゼント―
この家に来るのも、これで最後になるだろう。
こじんまりした部屋をしみじみと見回し、ロックは感慨深く息をつく。
そこかしこにレイチェルとの思い出が染み付いているこの家は、どこを見ても必ず何かを思い出す。
あの小窓を眺めては鳥を指差したり、テーブルの花瓶をやたらに大切にしたり、カーテンの柄を変えたのだと得意気に言っていたことは、鮮明に目の裏に浮かんだ。
それもこれも今日、すべてここに置いていく。
レイチェルとの思い出は、最小限だけでいい。これからはセリスとの思い出で頭を一杯にしたいから。
ロックは窓辺に寄り、そこから見える村の景色を見つめる。
窓の脇にある棚に並べられた本は、すべて料理のレシピだった。
「……懐かしいな」
埃を被ったそれを指でなぞる。
一番使い古された本は、キノコ嫌いのためのキノコ料理というタイトルだ。
騙されたふりをして食べたことはあるが、やはり駄目だったことを思い出す。
自分がやわらかに笑っていることに気がついて、ロックは苦々しく口角を上げた。
レイチェルとの思い出は、もう本当に思い出でしかないのだと思った。
「山菜のレシピ、麦粉を使ったレシピ、上級者のレシピ……こうしてみると色々あるなぁ」
なんとなく、山菜のレシピを手にとってパラリとページをめくってみると、偶然開いたところに一枚、少し黄ばんだ紙が挟まっていた。
なんだ、と思って見てみて、ロックは思わず声を漏らした。
「……これは……」
―ロックの誕生日には、自慢の料理を食べさせたい。キノコはやっぱり駄目だったから、山菜でいいかな?
そうだ、今年の私の誕生日、ロックは何をくれるのかしら―
あの時。
レイチェルが記憶を失ったあの時。
もうすぐレイチェルの誕生日だった。
レイチェルのために、今までずっと探していたお宝を見つけにいったのだ。
それなのに、俺の不注意で、レイチェルは。
ロックは手に持っていた本に紙を挟み直して棚に戻す。
何も言えなかった。
頭の中でぐるぐるとあの時のことが繰り返される。
そして、背中のあの感触。
「……駄目だ、これじゃあ」
何しにここへ来たというのだ。
新しい自分を確かめるために、俺はここに来たのではなかったのかと。
ぶんぶんと頭を振り、ロックは深呼吸して独り頷いた。
「よしっ」
過去は、過去だ。
だが未来はまだわからない。
ようやく掴んだセリスの手を二度と離さないように、離させないように。
セリスは一年でずいぶんと変わった。俺は何年も変わることができなかったけど、とロックは苦笑しつつ、自ら頬を叩いた。
「……じゃあな、レイチェル。今度こそサヨナラだ」
それで、いいのよ。
一瞬、そう聞こえたような気がして、ロックは弾かれたように振り返った。
だが、そこには止まってしまった時計しかない。
気のせいにしては鮮明で、ロックは呆然としてしばし立ち尽くす。
聞こえた言葉を頭の中で反芻して、ようやくロックは笑った。
「ああ。わかってるさ」
そうしてこの家を出て、ロックはフィガロへと足を向ける。
目指すは、愛する人の待つ場所。
俺を受け止めてくれる、セリスがいる、俺の場所。
自然と早足になるのを止めることもなく、ロックは半ば走るようにしてその場所を目指した。
帰ったら、どうか食事にキノコが入っていませんようにと祈りながら。
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