その他

むっつり侍囲碁をするの巻

 がしゃがしゃ、と聞き慣れない不思議な音がして、セリスは首を傾げた。
 それはカイエンの部屋から聞こえていた。扉の中から、ティナの笑い声も聞こえる。
 何をしているのだろう、となおさらセリスは疑問に思い、なんとなく恐る恐るで、その扉をノックした。
「……おや、どなたかな? 開いているでござるぞ」
 低い、だが穏やかな声がかけられ、それに背中を押される形でセリスはそっと扉を押し開けた。
「あ、セリス」
 ティナがにこにこしながら正座をしている。その目の前に、変な台座を挟んでカイエンが正座していた。
「何かご用でござるか?」
「あ、いや……不思議な音がしたから、何をしているのかと思って」
 ふ、とカイエンは目を細める。帝国に深い恨みを抱くカイエンとは以前はずいぶんと仲が悪かったが、世界崩壊を経てからは同じ志の仲間として改めて力を合わせて戦う日々。今ではすっかり仲間として普通に接してくれていた。こんな風に穏やかに笑われると、まだ少し居心地は悪いが。
「うむ、これは囲碁でござる」
「い、イゴ??」
「このテーブルゲームのことよ」
 ティナが笑って、目の前の台座を指差した。そこには白黒の石がなんの規則性もなく並べられている。いや、よく見れば、下の台座の表面には無数の直線が縦横引かれているようだ。その線が交差する上に、石が置かれているようだった。
「石を並べて楽しいの?」
 ふふ、とティナは頷いた。緑のポニーテールがご機嫌に揺れる。
「ルールがあってね、自分の石で囲んで陣地をつくるの。それが大きい方が勝ち」
「ふむ。その通りでござる。ティナ殿は飲み込みが早い」
「まだ試合をしてもカイエンには勝てないから、とりあえず色々な手を教えてもらっているの」
 はっは、と笑うカイエンを見て、セリスは未だに首を傾げる。ティナの説明を聞いても、結局石を置くだけには違いない。その面白さは理解が難しく、現時点では興味もあまり、沸かない。
「ええと。ドマの遊び、なのよね。これ」
「そうでござるよ。セリス殿もやってみてはござらんか?」
 基本的に、ドマの遊びはなんだか時代遅れというか、地味というか。ケフカのルール無用チェスに慣れているからそう思うのかもしれないと、セリスは肩を竦めて、首を横に振った。
「いえ、遠慮しておくわ」
「そう? セリスには絶対向いてる遊びだと思うんだけど……」
 ティナが純真な目で、セリスをつと見上げた。
「えっ?……どうして?」
「この遊びは陣地の取り合いだから……戦略と先読み、セリスは得意でしょう?」
 別にティナは他意があって言ったわけではないのだが、その言葉の途端、セリスとカイエンの間に微妙な空気が流れる。陣地の取り合い。それ即ち。
「……そうね。だから尚更止めておくわ」
「どうして?」
「ドマ最後の侍を私が打ち負かすわけにはいかないでしょう」
 セリスの言葉に、カイエンはわずかに眉を上げる。
「……ほお。随分な自信がおありでござるな?」
「ええ、私は常勝よ」
「ええっ!?ちょ、ちょっと……」
 ティナが今さら慌てても、残念ながらもう手遅れだった。一触即発の国際問題に発展してしまった部屋で、先に緊張を破ったのはカイエンの方だった。
「拙者も鬼ではない。まずは囲碁の概則を公平にお教えいたす」
「さすがはドマの侍。仁の心というやつかしら」
 不敵に笑い返してから、セリスはティナの横に座った。
「ちょ、ちょっと二人とも……」
「ティナ、少しどいていてね」
 セリスの気迫に圧され、ティナは言われるがまま立ち上がった。すでに碁盤上にあった碁石を一旦どかし、セリスとカイエンは物凄いオーラを発してレクチャーを開始した。


 このままでは、血を見ることになるのでは?

 ティナの悪い予感はよく当たるのだった。誰かを呼ばなくちゃ、とティナは足音を立てずに部屋を飛び出した。
 ちょうど廊下を、修行の休憩中のマッシュが通りかかった。これは最適な助っ人になるに違いないと、ティナはその目の前に飛び出す。
「マッシュ!!」
「お、ティナ?どうしたんだ、そんな急いで……」
「いいから!ちょっとこっちに来てっ」
 ぐいぐいとマッシュの太い腕を引っ張り、とにかくカイエンの部屋に連れていく。いきなりのことなのに、マッシュはなすがままになってくれた。
「おお? な、なんだよ? 何かあったのか?」
「大変なのよ、戦争になっちゃう!!」
「せ、戦争っ!?」
 ティナの発言にマッシュは目を見開いて、しかしやっぱりよくわからないままの様子でカイエンの部屋の扉を開け放った。
「カイエン!! 何事……」

 その時、二人の目に映ったのは、鮮やかな血の吹き出る様だった。
「きゃあぁっ!?」
 ティナの予感はばっちり、当たった。

「かっ、カイエン!?」
 その場にいた者のうち、一番驚いた表情をしていたのは他ならぬセリスだった。碁盤に向かって前のめりに正座をし、拳を膝に乗せたままセリスは慌てた様子で対戦相手を見つめている。
 ポタポタと、碁盤が赤く染まった。カイエンが自らの顔を押さえてうずくまっている。
「くっ……む、無念…………っ!!」
「な、なにが起きたの……?!」
 まさかセリスが抜刀でもしたのかと、ティナは慌ててセリスに問う。しかし、セリスもまた、同じように動揺しているように見える。
「カイエン!! しっかりしろ!!」
 マッシュが駆け寄って、カイエンを支えた。
「うわ……すっげぇ鼻血……大丈夫か?」
「ど、どうしたのかしら、碁盤から私の方を見た途端に、こうなって……」
 驚きで身動きできないセリスの方に、マッシュが視線をやった。
「な、なんでだろうな……」
 そのまま、素早くマッシュは目を逸らす。ティナはそれに少し違和感を抱いて、代わりにセリスを見つめた。が、何もおかしいところは見当たらない。
「おい、カイエン? しっかりしろ」
「私が治すわ。多分私のせいだから……」
「ああ、そうしてやってくれ」
 セリスはマッシュの隣に座り、カイエンの頭を自身の膝に乗せた。そしてセリスは静かに回復魔法を唱え始める。
「……む……っ」
「カイエン? 大丈夫?」
 目を覚ましたカイエンを、セリスが覗きこむ。
「むっ!? な、なんと壮観な……っ」
「え?」
 セリスが何か言う前に、マッシュがカイエンの目の上に、その大きな手のひらを乗せた。
「え、ま、マッシュ? 何やってるのよ」
「いや、その……まあ、目の毒というか、なんというか……カイエンは目を開けないほうがいい」
「うむ……かたじけない」
「毒!?このゲームはそんなに危険なの!?」
「えっ!?い、いやそういうことじゃないんだが……」
 セリスはきょとんとしたまま、カイエンとマッシュを交互に見つめる。それを見守っているティナも、なにがなんだかよくわからなかったが、とりあえず、戦争の危険は回避されたようだ。
 はぁ、とマッシュがため息をつく。
「セリス、少し、というか色々……自覚した方がいいかもしれないぜ」
「えっ?」
「飛空艇で獣に襲われないようにな」
 ぽんぽん、とセリスの頭を撫でて、マッシュはそのままやや疲れたように部屋を出ていった。
「飛空艇の獣……??謎かけかしら……手強いわね、……エドガーに聞いてみようかしら」
 カイエンを回復させ終わってから、セリスは小難しい表情をして腕を組んでいる。カイエンは目を閉じたまま微動だにしないが、二人の一触即発の空気は消え去った。
 ティナはようやく安堵して、息を吐く。セリスを囲碁に誘うのは、ちょっとやめた方がいいのかもしれないと思いながら。

 

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