エドセリ

Special for you

 女と見れば、すぐにべたべたして。隙あらば、花を一輪手にして口説いたり。
 誰にだって、同じ。ただ女だから。
 だけど時折、私に断られた貴方は本当に困ったふうに眉を寄せていた。
 どうしてそんなに悩ましげな表情をするのだろうか。王様で、顔立ちも良くて、体躯も良い。色んな誉め言葉がペラペラ出てくるし、誰からも好かれている貴方が。

 どうして私を見て、そんな風に寂しく笑うのだろうか。

「……なんだ、」

 くっく、とエドガーは喉を鳴らして笑い、書き途中の書類を放ってペンを置いた。
 彼の誕生日の祝いのついでに、ぜひ城に一泊していけと勧められて、セリスはそのままエドガーの私室で時間を過ごしていた。
 なんとなく流れる時間に、エドガーが仕事をし始め、そうしてセリスもそれを眺めつつ、ぽつりぽつりと話をしていたのだったが。

「一応はそんな風に思ってくれてはいたんだね」

 あまり真剣に聞かれたくないからこそ、彼が仕事中に呟いただけのことなのに、この器用な王様は見事両立していたらしい。

「てっきり全くわかってくれていないのかとばかり思っていたよ」

 爽やかに微笑み、エドガーは垂れた前髪を後ろへ撫で付ける。
 よくも言う、とセリスは苦笑した。

「だって、貴方のクセみたいなものでしょう。女性にちょっかいを出すのって」

「というよりは挨拶かな。しなければならないこと、なのさ」

「……あ、そう」

 反省する気は更々ないようだ。しらけた目をするセリスに気づいて、エドガーは立ち上がった。

「挨拶もしてこない男を、好きになるレディがいると思うかい?」

「貴方の挨拶が、みんながする挨拶と同じとは到底思えないけど?」

「そうだね。じゃあ、これは挨拶の範疇に入るか判定してくれるかな?」

 そう言って、相変わらず飄々と笑いながらエドガーはセリスの手のひらをすくい上げて、その甲に唇を当てる。

「……まぁ、貴族なら挨拶ね」

「だろう。俺が初対面のレディにするのはこれだけさ。知っていたかい?」

 もちろんよく知っている。だからこそ、ほとんどエドガーはこの動作をセリス相手にはしなかった。
 慣れないことに赤面している自分に気がつき、セリスは顔を逸らす。
 だが、その油断した瞬間、ぐいと腕を引っ張られた。

「っ……!」

「これは、どうかな」

 すぐ耳元で、声がする。抵抗する間もなく、セリスはすっかり抱きすくめられていた。
 たくましい腕と、胸板。王様にしておくにはもったいないような気もする。

「……ハグも挨拶のうち、な文化もあるから、挨拶ね」

 この腕は、自分だけに与えられたものではないのだ。そう言い聞かせるように。
 だが、それを悟られてしまったのは予想外だった。

「セリス」

 突然に、抱擁がきつくなる。

「……なに?」

「君には、違うんだ」

 真摯な声色に、セリスは身体を固くさせる。

「……君は、特別だ。他とは違う。君は……」

 珍しく、エドガーは言葉に詰まっていた。セリスのために噛み砕いた言葉を探していたからかもしれない。
 エドガーは、王様だ。誰にとっても特別な存在。そして、誰のためにも平等な存在。
 彼は、すべてを同じだけ、愛していた。女性だって、すべてのひとを同じほど、愛している。だからこそ、挨拶を欠かさない。
 エドガーは特別だ。だが、エドガーに特別はない。ないはず、だった。

「セリス、あぁ、君は、俺の特別なんだ」

 あってはならない、特別。だが、彼はその言葉を、とても尊いもののように口にした。

「……私だけに、貴方のなにかをくれるというの?」

「君が望むなら、そのすべてを」

 嘘だ。彼はすべてを一ヶ所には注げない。そうしたら、彼は王様ではなくなってしまう。

「いただけないわ、そんなには」

 欲しい、かもしれない。だけれど、そればかりは許されないのだ。
 セリスはちょうど目の前にあった彼の首筋に、顔を近づける。

「だから……貴方に貰ったものと同じものを、私も貴方にあげる」

 ちゅ、とわずかに音が響かせて、セリスは恐る恐るエドガーの顔色を窺った。

「ね? そうしたら、貴方は、私にとっても特別になる」

 そして、貴方は王であり続けられる。これで、いいでしょう。そう問うた視線は、すぐに外される。
 ちくりと、火花のような痛みが首筋に沸いたのだ。
 あ、と思わず漏れた声に、エドガーは意地悪く微笑んだ。

「素敵な提案だね、とても」

「……あ、待って、ほら、まだ書類があんなに、」

「あれは明日でもいいものだ」

 背中を押さえられて、離れることもできない。土壇場ではやはり、経験値の違いは明らかだった。

「でも、誕生日は今日しかないからね。プレゼントをねだるなら、もう時間は残りわずかだ」

「……プレゼントなら、昼間にあげたでしょう」

 欲張りね、とは言えても、セリスに余裕はない。

「欲張りでも、君が欲しいな」

 来るだろうと予想はしていた言葉に、しかしセリスはうまく答えられなかった。

「セリスをもらえたら、俺は喜んで俺をあげるのに」

 だが、彼は勘違いをしている。自らを欲張りと言いながら、彼は一番大事なものを欲しがろうとしていないと、わかった。身だけで無く、この心までも、与えたって構わないというのに。
 そこまではもらえないと思っていながら、己のそれは与えようとしている。それでは等価交換にならないのに。

「あのね、エドガー」

「うん?」

「欲張っても、良いのよ。特別なんだから」

 彼が特別を、どう捉えたのかはわからない。誕生日だからなのか、はたまた存在そのものなのか。
 セリスは、ゆっくりとエドガーの腰を抱き返す。

 この人の、特別になってあげよう。それは、誕生日だからなんかではなくて。
 何てことのない日々も、この人の特別として。
 抱きしめ返されるあたたかさに、セリスは身体を預けた。

 エドガーは、素敵なみんなの王様。誰からも尊敬され、誰もを愛す王様。
 そして、ただの欲張りなひと。

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