ふと気がつくと。
彼の長い指先や美しい金髪を見ている自分がいる。
こんなに綺麗な男がいるとは、思ったことがなかった。最初は単純にそれだけだと思っていたけれど、それにしては視線を奪われすぎているような気もした。戦う時も、なんだか優雅で。まるで違う次元の存在のようだ。
「……危ないっ!!」
エドガーの声にはっとして、半ば呆然としていたセリスは剣を構え直す。だが、遅い。
「……っ」
襲いかかる鋭い爪が、目の前に迫った。
その瞬間、脇から視界に飛び込んできたエドガーに突き飛ばされるかのごとく、共に地面に倒れ伏した。そしてセリスに覆い被さったまま、エドガーは片手で器用にオートボウガンを放つ。見事命中した矢に、魔物は息絶えた。
その一連の動きの、なんと絵になることか。相変わらず心ここにあらずのセリスに、エドガーは爽やかに笑いかけた。
「大丈夫かい?」
「え、ええ……」
その端正な顔があまりに近く、セリスは思わず顔を赤らめる。
「君にしては不注意だったね。どうかしたのかい?」
「いや……」
間近で言葉を紡ぐ唇の動きを、直視できずに目を逸らす。だが、エドガーはとくに気にした風もなく上体を起こした。
「考え事も良いけど、時と場所をわきまえなければ命を落としてしまうよ」
そうして差し出された手を、素直に握ることも出来ずに、セリスは自力で起き上がる。
そこまで過保護にされては面子がたたない。裏切り者の自分に今さら面子も体面もありはしないのだが。
「……まぁ、君は考えてる時の憂いある表情も魅力的だけどね」
やや残念そうな表情を浮かべながら立ち上がって、エドガーは自身の髪を撫で付けた。
エドガーのこういった台詞はそろそろ慣れたのだが、彼の何気ない動作が胸の動悸を速くさせるのは何故なのだろうか、とセリスは思いつつ、同じように立ち上がる。
「セリス! 大丈夫か?」
別の魔物と戦っていたロックたちが、遠くから駆けてくる。セリスは曖昧に頷いて、先に歩き出していたエドガーの背中を見つめた。意外に、広い背中なのだと思った。いや、今さらに気がついた。
「セリス! 手伝ってくれよ」
一年前から全く相変わらず、飄々とした笑顔で、エドガーが叫ぶ。
「仕方ないわね……」
心に沸き上がる嬉しさを押し隠し、セリスは苦笑して剣を鞘から抜いた。
世界崩壊の後、エドガーとは最初に出会った。
少しの間だけは戦いも二人でこなしたりして、またセリスは彼の背中を目で追っていた。
「エドガー、右!!」
「おっと……」
セリスの声を聞き漏らさずに、エドガーは瞬時に反応して魔物を切り裂く。流れるような動作も、一年前となんら変わらず。
「セリス、後ろだ!!」
その注意に耳を貸していれば、間違うこともなく。ずばっ、という心地よい音が辺りに響いた。
「や、これはまた……剣舞のような美しさだったよ」
くすくす笑いながら、エドガーは前髪を撫で付ける。それは貴方の方が、とは言えず、ただ苦笑を返した。
「君は変わらないな。……いや、以前より美しくなったか」
「……世辞なら結構」
「照れなくてもいいのに。私は本当のことしか言わないよ?」
「エドガー」
咎めるように名を呼ぶと、エドガーはその端正な顔をこれでもかと渋くさせた。
「……なによ?」
「いいや。道のりは遠いなと思ってね」
何が、と問えれば良かったのだが、生憎セリスにそのような心の余裕はなかった。魔物の体液の着いた剣をひとつ払い、鞘に納める。
「行きましょ」
素っ気ない自分はなんて可愛げのない女だろう、とわかっているのに、エドガーの言葉に喜ぶ自分がいるのは確かで。
「待った」
「は?」
ふ、とエドガーの手のひらが顔に近づく。思わず硬直したが、その手は意外にも強く頬に当てられた。
ぐい、と拭われた感触に、セリスは呆然とする。
「見過ごせなくてね」
土に汚れたエドガーの手の甲を見て、何をされたかを理解した。
「あ……ありがとう」
「いや。いきなり申し訳ない。気分を害したらすまなかった」
そう言って微笑むエドガーが、どこか悲しげな気がして、セリスは無意識に頬を撫でながら首を振った。
「い、いいえ……ただ少し、驚いただけ」
それを見て、エドガーは目を細める。
「じゃ、今度からはきちんと先に言う。それなら良い?」
良いとか悪いとかそういう問題なのだろうか。だが、エドガーの顔を見ているとどうでも良く感じるのもまた事実だった。
「……よ、よろしく」
そうか、と砂漠の王はにこりと笑んだ。
この程度のこと、彼にはなんてことはないのだろう。罪な男だなと思うのと同時に、動揺する自分がひどく滑稽だった。
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