あぁ、だれがこのか弱き娘を見捨てていけようものか。
一生守ると誓ったのに。
泣かせはしないと言ったのに。
「……すまぬ」
「……うん」
気丈な少女だと思う。
「もう、こちらには戻ってはこないと思う」
「……うん」
必死に感情を抑えて、できる限り泣かずに返事をしようとしてくれているのだろう。
それなのに、己は非情な言葉を口にするしかできない。
「泣かないで、ほしい。もともと決まっていたことなのだ」
「……わかってる」
これ以上、悲しませたくない。だけれど、もうその柔らかな頬を流れる涙を指で拭ってやることはできないのだ。
それを彼女もわかっているのだろうか、溢れそうな涙は自分の細く小さな指でふき取っていた。
「……すまぬ」
自分は狡いと思う。
これしか言えない。
なにがすまないと言うのか。
自分は何を許してほしいというのか。
目の前の少女は、一言ですべて許してくれる。
そう思っていた。
今も、これからも、ずっと、好いていてくれると。
だが。
「セイロン……大好きだったよ」
どきりとした。
……だった。今は?
いいやきっと。
あの日、この手にあった小さな温もりは嘘ではない。
彼女を抱いて満足していた己自身も、彼女自身も。
「……我もだ。フェア」
もう近づいてはいけない。
忘れられなく、離れられなくなってしまうから。
最後に触れることも叶わず。
龍人の青年は一歩、後ずさる。ぴくりと少女の手が動いた。
それに気づかなかったフリをして、そのままくるりと踵を返した。
「……いやだっ……」
小さな、娘のつぶやきを聞き取れぬほど、彼の能力は低くはない。その言葉を、心のどこかで待っていたのかもしれない。
歩みだそうとしていた足を思わず止めてしまった。
「…いっちゃ、いやぁ…」
ぼたぼたと大粒の涙が落ち、乾いた地面に吸い込まれる。
セイロンの心のひびに染み入っていった、フェアのように。
それでも、龍人の青年は振り向かなかった。
「フェア……愛しい娘よ。我はそなたを忘れない。店主殿も……そうしてはくれまいか?」
セイロンの言葉を聞き、ああ、もう何をしたって彼は行ってしまうのだ、とフェアは思った。
「そんなこと……頼まれなくたって、しちゃうよ」
涙でぐちゃぐちゃの顔を、むりやり笑顔にして、フェアは答えた。
「ありがとう……さよならだ」
そして残ったのは、娘一人と娘のやりきれない悲しみ。
それから、龍人の一粒の涙。きらきら輝くそれは、界の硲を越えて、二人が共に歩んだ僅かな過去だった。
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