4サモンナイト

故郷はここに

「はあぁー…」
「ど…どうしたのよ? あんたらしくもないため息…」
 忘れじの面影亭店主のフェアは、一旦客の引けた店内のカウンターに突っ伏して、大きなため息をはいた。いつものように実家のごとくそこに居着いていたリシェルは、驚いて目を剥く。
「だってさ…みーんな戦いが終わったらどこかに行っちゃうんだもん」
 なんだそのことかと、リシェルは笑った。
「つまり…あんたアルバが行っちゃったから寂しいんだ!?」
「ななっ!? ちがうってば!」
 図星を突かれるとこういう顔になるのよね、この子は。などとリシェルは思いながら、(てゆーかコイツラはどこまで進んだ仲なのかしら…ルシアンいないし聞くなら今よね!!)と強く確信したのだった。

「そんなに否定しなくたってさぁ……知ってるのよ? アルバがあんたの部屋に夜中よく行ってたことくらい」
「ええっ!? 知ってるの!?」
(カマをかけただけなんだけど…この子騙されやすいんじゃないかしら?)と内心呆れるリシェルだったが、このまま良い感じで話を続けられそうだ。
「まぁ……ね。なになに? ばれたらやばいもんだったの?」
「え……えっと……あー!! もう!リシェルに適当に返事すると余計に危ないことになるから、全部しゃべるよ!」
 リシェルはにやにやとした顔で、ついに(ついにというほど抵抗されなかったところを見ると、話したかったのかもしれない)諦めたフェアを見て「長くなりそうだからコーヒー頂戴」と言った。

 しばらくしてフェアはリシェルにコーヒーを出し、自分のぶんも飲み物を持ってきてカウンターに座った。
「うーん…何から話したらいいものか…」
「じゃあまずは馴れ初めからいきましょっか」
「馴れ初めってあなたね……えっと……リシェルがアルバに助けてもらったことあるでしょ」
「あー。ポムニットのあれのときでしょ」
 あのときは、誰かヒーローのように出てきてくればいいなと思っていた。まさか本当にくるとは思ってはいなかったのだけれど。コーヒーを一口飲んで、あのときのことを鮮明に思いだそうとリシェルはしたけれど、胸くそ悪い記憶なのでどうにもはっきりとしなかった。
「あの後、アルバに……」
「もう告られたの!?」
 ぶっとフェアが飲みかけのコーヒーをふき出した。
「違うわよっ!! ……『キミは守ることは慣れてるみたいだけど、おいらはキミを守りたいと思うんだ。おいらがいるときは無茶しないでくれよ』って言われて、ちょっとドキッとしちゃったの」
「でもアルバのことだから、騎士道精神がなんたらってことだろうとは思うわよね」
「うん。だからあんまり気に止めてなかったんだけど…」
 さっきから、フェアは少しずつ頬が紅潮してきている。こんな話と姿を、ルシアンに聞かせたら卒倒するかアルバを倒しに行ってしまうだろう。
「そこで転機が訪れちゃうわけだ!?」
「うーん……ええと、黒い雪が降ったときあったじゃない」
「あったわねぇ」
 あんたは胸くそ悪い記憶しかでてこないのかっ!! とリシェルは内心カッカしていたが、表には出さずに話の続きを促し、コーヒーに口を付けた。
「それで?」
「『おいらは人間だから病気にかかっちまったけど、理由はわからないけどキミが無事でよかった。看病までしてもらっちゃってさ……格好悪いよな。守るって言ったのに』って」
 今度コーヒーを噴き出したのはリシェルだった。
「なにそれ!! 完璧な口説き文句じゃない!!」
 あははと笑い出すリシェルをフェアは真っ赤になって横目で見ていた。
「もー!! そんなに笑わないでよっ!」
「わかったわかった!! そいで続きは?」
「はぁ……それで……アルバが」
 カランカランと店のドアが開あた音と共に、聞き慣れたちょっと高めの男の子の声。
 リシェルのかわいい弟であり、フェアの幼なじみだ。
「こんにちはっ! 修行が終わったから手伝いにきたよ」
「るっ…ルシアン!」
 思わず声が上擦ってしまった二人。
「どうしたの? 二人とも」
「リシェル、話はまた後でねっ」「えぇ、もちろん!!」
「??」

 …食堂には状況が飲み込めないルシアン一人、残されたのだった。


 今日もフェアの忘れ時の面影亭は大繁盛だ。
 夜の部の営業も終わり、後片付けをし始めた店主は、お手伝いにきてくれていた幼なじみの姉弟に声をかけた。
「おっけー! もうあたし1人でできるから、今日は帰っていいよー」
「そう? それじゃあ今日は帰ろうか、姉さん」
 くるりとフェアの方を向いて、ルシアンは姉の目をちらりと見た。
「え? あー……今日は、あたし泊まっていくわ」
 リシェルは急に話をふられて、少しあたふたしながら適当に話をつくる。
 ルシアンは羨ましいなぁと思いながら、紳士的に対応した。
「そうなの? ぼくもそうしたいけど、明日は朝早いからなぁ……」
「そうでしょ? だからあんたははやく帰りなさい!」
「う……うん」
 姉のよくわからない剣幕におされて、たじたじとしながらもフェアへの一言は忘れない。
「じゃあおやすみ、フェアさん。また明日!!」
「今日もありがとう! 明日の修行がんばって、おやすみ」
 リシェルはそれを遠巻きに見ながら、(ごめんねルシアン……あんたの恋心は捨ててください……叶うわけがないのよ…)と心の中でかわいい弟に謝っていた。

「さてさて……さっきの話の続きをしてもらわないとね」
 今度はカウンターではなく、店内の団体用の席にミルクを持って座る。
 そんなリシェルを見て、フェアは残った片付けを素早く終わらせて、自分はココアを持って席についた。
「えーっと! どこまで話したんだっけ?」
「黒い雪が降って、口説かれたってとこまで」
「そうそう! それで、アルバ……症状が悪化してきたら眠ってることが多くなってさぁ……」
 もう2ヶ月は前の話なのだが、フェアは目の前がそうなっているかのごとく悲しそうな目をして話していた。
「アルバ……譫言でわたしのことをずっと呼んでたの。それに、守れなくてごめんって」
「そりゃすごい……愛ね」
 リシェルはミルクを飲みながら、こりゃのろけ話になりそうだな、と思い始める。
「そんなんじゃないよ……だってね、その記憶は無いみたいなんだ……」
「え!? どの記憶?」
 はあ……とフェアは一段と大きなため息をついて、「病気してた間のことぜーんぶ」と言い放った。
「え? ……てことは口説き文句は……?」
「それもみたい」
「えぇえ!? じゃあアルバとの仲は……」
「話はまだ終わってないのよ! リシェル!」
 照れながらも、どこか嬉しそうにはにかみながらフェアは話を続けた。
「その後ね……自分はなんなんだろうなって悩んでたのを勇気づけてくれたりしたし、決戦前に夜中、話相手になってくれたの」
「それで?」
「その……決戦前の話の中で……」
 決戦前、夜中に落ち着くことができなかったフェアはアルバを探そうと思い立った。アルバのことだ、どうせまた稽古でもしているのだろうとタオル片手に裏庭に行った。
 案の定アルバは稽古をしていて、明日に備えて少なめにしたほうが良いと言って、いつも稽古の後にアルバにだしていたドリンクを更に特別ブレンドにして出した。
 今日も美味しいし、体によさそうだよね、とアルバは渡したタオルで汗を拭きながら舌鼓してくれた。それから店内に入って、色々なことを話した。
「こんな時間がいつまでも続けばいいのにって思ったよ」
 しかし、アルバの口からでたのはこれからのことで、自由騎士になるために訓練に励むからトレイユからは旅立つという内容だった。
「当たり前だよね、この一連の騒動にだって偶然関わることになっちゃっただけだもん」
「まぁアルバって鈍感なとこあるもんねー」
 それに対し、フェアは思わずひがみめいたぼやきをしてしまった。
 アルバは自由でいいよね、やりたいことにむかって一直線で行けちゃうんだから、と。
 彼は不思議そうな顔で、キミはやりたいことをやっているんじゃないのか、キミらしくないよ、と言ってきたのだった。
「なんかさぁ? わたしの気持ちも知らないくせに、キミらしいとか語らないでって思ったのよね」
 フェアはその時のことを思い出してか、苦笑いした。


「なによそれ。……アルバはわたしの気持ち、一度でも考えたことあるの?」
 二人きりのカウンター。守りたいと思っている少女と二人きりという状況で、アルバは幸福感を覚えていた。しかし、少し、いやかなりすねて怒った様子で、そうフェアは尋ねてきた。なぜ急にそんな態度をとられたのかわからなくて、焦る。
「そりゃあるさ。フェアはいっつも1人でいろんなこと背負っちゃうんだからさ」
 にこりとして答える。どうだろう、機嫌は直るかな。
「そういうことじゃ、なくて」
 今度は急に声のトーンが下がって、悲しそうになった。顔をアルバには向けずに、フェアはさっとカウンターの中に入っていく。
「おいらはさ、フェアがどうしてこんなに強くいられるんだろうって思うよ」
 本当に、よくこれは思う。幼いときから1人で生きてきた少女にとって、母性や強がりとは必要なスキルの一つだっただろうし、強がらなくてはいけないような時もあっただろう。
 誰かに頼られるほどの強さは、誰かに頼られてなすがままになってしまっていたり、彼女自身が望んでそうなったり、もともとの面倒見の良さがそうさせているのだろう。では、彼女は誰を頼るのだろうか。弱さを他人に見せようとさえしない彼女が、自分なんかに弱さを見せてくれるだろうか。自身も相当な面倒見の良さがあるが、彼女はそんな自分さえも保護下に入れてしまう。……まぁそのおかげで、こうして特製ドリンクが飲めるわけだが。
 アルバは特製ドリンクの入っていたカップをテーブルに置く。
「料理だってうまいしさ」
 彼女は食べ物でさえあるならばなんでもつくれる。シンゲンなんか本気で娶ろうとしてるわけだから、かなり自分の立場は危ういことになる。
 自分がなかなかの臆病者だとは自覚していた。いつも遠回しにしかフェアに声をかけられない。仲間という態度をどうしたって越えられない。
「……でもさ、明日は決戦だし、フェアは少しくらい弱気になったりはしないのかい?」
 弱気。フェアには禁句だった。逆に強がってしまうから。フェアはカウンターからひょっこり顔を出して、うーんと少し考えてから「うんとね? …アルバが守ってくれるんでしょ。だから平気」とだけ言ってまたカウンターの中に引っ込んでしまった。
 多分、今度は夜食を作ってくれる気なのだろう。そんな様子を見ていると、まるで妻の手料理を待っているような、ここに自分は昔からずっといたような気がしてしまう。
 なんとなく気恥ずかしくなって、アルバはカウンターの中のフェアを呼ぶ。
「フェアー?」
「……もうちょっとでできるから待ってねー……よしっ!」
 カンカンと甲高い音が聞こえ、思わずアルバは、フェアが目を凝らして皿に盛りつけている様子を想像する。カウンターからパタパタと足音をたてて、料理を運んできてくれた。
「はい! 春雷炒めだよ」
 夜食らしい、あっさりとしている一品。
「ありがとう、わざわざおいらのために」
「ぜんぜん! わたしが勝手にやってるんだから」
 フェアは笑いながら箸を持ってきて、アルバに手渡す。またありがとうと言って、料理に箸をつけた。
「……うん、あっさりしててうまい! やっぱフェアの料理は何でもうまいよな。もう食べられなくなっちゃうなんて、本当に残念だよ」
「そんな……食べたくなったらいつでもくればいいじゃない。アルバなら大歓迎だよ!」
 アルバなら、という区切り。無意識の賜物か、意識的なものなのか、わからなかった。無性にどきりとした。
「おいらなら、か……それって、おいらは特別ってことかい? 嬉しいなぁ」
 思わず口からでた言葉。でも自分の本心だったから気にはとめなかったし、フェアはこういう言葉には鈍感だから、と思って言って後悔はしなかった。
 はずなのだが。
「えっ……わっ」
 アルバの言葉にびっくりし、フェアは拭いていた皿を落としそうになってしまった。そして掴めぬまま皿は地面に落下して、大きな音を立てて四方に欠片となって飛び散った。
「あ……ごめんね! 夜中に大きな音たてて……すぐ片づけるから」
「手を切ったり危ないから、おいらがやるよ」
 そう言って立ち上がると、フェアは首を振って断る。
「だめよ! わたしが割っちゃったお皿なんだから…」
「おいらの言葉にびっくりしたんだよな? だったらおいらの所為でもあるよ」
 ほら退いて、と半ば強引にその場からフェアをどかし、アルバは皿を片づけ始める。
「……ごめん。だって……アルバがそんなこと、言うと思わなかったから……」
 アルバの後ろで、彼女はエプロンを掴みながらつぶやいた。
「こっちこそ……フェアはいつもみたく笑い飛ばすかと……」
 あはは、と苦笑してしまった。そんな様子をみて、恥ずかしそうに「あ……ごっごめん……冗談、だったんだよね……」と謝りながら俯いたフェアが、とても愛おしかった。最後の破片を拾い上げ、ゴミ箱に捨ててから、後ろの少女に向かい直す。
「あ……ごめん、ありがとう……」
「さっきのこと、冗談じゃ、ないよ」
 フェアの言葉を無視して、アルバは告げる。決戦前に彼女の心を乱すことにならなければいいなと思いながら、今が最後のチャンスだなと感じた。
「へ?」
「おいら、本気だよ」
「えぇ!? な……なにが?」
 フェアはいくら言葉で言ったって通じやしないようだ。
 一歩、フェアに近づく。フェアは逃げようとしなかった。
「キミを守るって約束、したろ? 忘れちゃったかい?」
「忘れてなんか、いないよ……でもアルバは……っ!?」
 そのまま、手を広げてフェアに近づいて、すっぽりとその腕に入れる。思ったより細く小さなフェアの体は、少し力をいれたら崩れてしまいそうだと思った。
「決戦前まで、言う勇気がないおいらを笑ってくれよ。……フェア、好きだ。キミの笑った顔も、料理を作るときの真剣な顔も、剣の稽古をしてる顔も、全部好きだ」
「あ、アルバ?」
 自分の胸あたりがごそごそと動いた。フェアが口を開けたんだろうなと思った。
「でもおいらには夢があって、ここにはもう居られない。キミと出会ったのだってすごい偶然だったよな」
「……そうだね。アルバ、下手したら死んじゃうとこだった」
「情けないけどな。でも、フェアが助けてくれた。思えばあの頃から変な気持ちだったんだ」
「アルバばっかりしゃべって、ずるくない?」
 フェアはもぞもぞと腕の中で体勢を変えようとしていたので、アルバは腕にいれていた力を緩める。青の澄んだ瞳が、まっすぐにアルバを射止めた。
「わたしだって……アルバが」
「好きでいてくれてたのかい?」
「ううん、好きなの。現在進行形。えへへ……」
 照れて下を向いてしまう。それすらも愛おしい。恋い焦がれた少女と深夜の食堂で二人きりなんて。
「フェア……おいらが命をかけて守るから……」
「ありがとう……」
 先ほどからフェアを一方的に抱きしめていたが、いつの間にか自分の背中に彼女の手があることに気づいた。互いに互いの温もりが伝わる。それがなんとも尊いものだと思う。ずっとこうしていられたらどんなに幸せか。
 そう、この気持ちに酔いしれていたとき、フェアが思いっきりアルバを突き飛ばした。

「?? フ、フェア?」
「明日、朝早いからもう寝なきゃ!おやすみアルバ!」
「え、あっ、ちょ……」
 パタパタと足音をさせて自分の部屋に早足でフェアは急に帰っていってしまい、アルバはぽかんとしてしまった。そして、一つの気配を感じた。
「これはまさか……アカネ姉さん!?」
「にゃはは……ばれたか」
 悪びれもせずに階段を降りてくる、朱の忍。なるほど、これではフェアが逃げるわけだと思った。
「いー感じのところ、邪魔してごめんねぇ」
 全く謝るつもりも無さそうに、にやにやしているアカネに詰め寄られる。
「それで、なんて言って落としたわけよ? 好き? 愛してる? かわいいね? きゃはー!!」
「……姉さん……勘弁してくれよぉ」


 そういえば、と思い出す。
 フェアたちとクノンに撮ってもらった写真をちらりと見た。愛しの少女とは遠いところに今はいるが、明日には休みがとれることがきまった。修行に明け暮れる時間、心の支えになったのはサイジェントのみんなよりも、この少女だったような気さえする。
「どんだけはまっちゃったんだろうな……はは」
 あの、抱きしめあって気持ちを通じ合った日から、一ヶ月以上経った。短い期間だが、もう耐えられそうにない。
「急に帰ったらびっくりするだろうなぁ」
 帰るという動詞。あそこはおいらのもう一つの故郷。


「つまり、そういう感じ」
「なんだぁ……抱きしめあっただけかぁ……キスは?」
「……は? なに?」
「キスはしてないの?」
「はっ……はぁ!?」
「両想いならそれくらい、しとかないとダメでしょー」
 やれやれ、と大げさに身振りするリシェル。
 そのとき、カランカランとドアが開く音が店に響いた。
「だれかな? ルシアンー?」
 ドアのある方に声をかける。
「ああ良かった。まだ起きてるみたいだ」
「は? どちらさ……あっ……!!」
 壁からひょっこりと笑顔で手を振って顔を出したのは、他でもないアルバ本人だった。
「休みもらえたからきちゃったよ、久しぶり」
「アルバ!! あいたかったよ!!」フェアは思いがけない訪問者に、勢いよく立って走り出す。
「おいらもあいたかったよ。夜中でごめんな」
 と受け答えをしながら、アルバは自身の手を広げる。
 それを合図にしたかのごとく、フェアはその中に飛びこんだ。
「ううん、会えただけでいい! おかえりっアルバ!!」

「はぁ……バカップルって言うのよ、それ……」
 リシェルは1人、こっそりと呟いた。

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