2サモンナイト

祭りの夜に

 井戸から汲んだ冷たい水を一口飲んで、ふぅ、とシャムロックはため息を吐いた。金の派閥から帰ってきてしばらく、空は夕焼けに染まりつつあり、ファナンを赤く照らす。下町から、笛や太鼓の音と共に人々のざわめきが、やや離れたこの道場にまで届いていた。
「豊漁祭か……」
 すでに道場には人の姿がない。みんな思い思いに祭りへ出掛けたようだ。子どもたちのはしゃぎ声も、遠くから聞こえてくる。
 この平和は仮初めであると、みんな知っている。だが、だからこそ楽しみたいのだろう。トライドラでは、ここまで賑やかな祭りではなかったが、ちょっとしたお祝いの祭りはあった。毎年の民のこの笑顔を守るのだと思っていた。
 ことん、とシャムロックは手にした柄杓を井戸端に置く。
「私は……」
 心が暗く、重い。
 シルターンのお囃子が聞こえる。それすら、シャムロックの心をどん底へ叩き落とす。生きている自分が憎いと思う。それ以上に、死んでしまったトライドラの民に申しわけないと思う。鎧を着込んでいる時は大丈夫だが、こうして身軽になって一人で佇んでいると、やはりあの凄惨な北の地を考えてしまう。
 祭りになど行く気にはなれず、シャムロックは井戸に蓋をして、フォルテと相部屋で借りている部屋へ向かった。
「あっ、シャムロック」
 扉まで来て、手をかける寸前でシャムロックは明るく呼び止められた。
「トリス」
 やや息を切らし、トリスは黒の艶やかな髪を揺らして駆け寄る。
「よかった、見つけられて」
「私を探していたのかい?」
「うん、部屋にいないから裏庭とか探してたんだけど」
 ふう、とトリスは小さく息を吐いた。
「ああ、それはすまないな。丁度行き違っていたようだ。……それで、何か用かい?」
 とっくにトリスは祭りへ出掛けたのだと思っていたので、よっぽど自分に大事な用件があるのだろうと、シャムロックは神妙な顔つきになる。それに不思議な表情をしてから、トリスはにこりとして、うん、と頷いた。その横顔を夕焼けが照らしていた。
「一緒にお祭りに行かないかな、って」
「……私と?」
「うん」
「だが」
「シャムロック、ずっと気を張りつめてる感じがしてるから……たまには息抜きしないとってフォルテ、言ってたよ?」
「それは……まあそうだね」
 フォルテにとってはそうだろう、あの人らしいというかなんというか、とシャムロックは苦笑する。
「祭りの間はファミィさんとの話し合いもないし、せっかくだし、ね? 行かない?」
 トリスの楽しそうな瞳を見れば、断れそうもなかった。それに、確かに、一人でいていろいろ考えてしまうより良いかもしれない。
「うん、そうだな。では、一緒に行ってくれるかい?」
「ええ! じゃ急ぎましょ、もう出遅れてるんだから!」
 嬉々とトリスはシャムロックの腕をぐいぐいと引っ張り、下町へ駆け出す。
「わっ、ちょっと待ってくれ」
「待てないわよ、ほらっ、はやく!」
「わぁぁ……」


「……すごい賑わいだなぁ」
 大通りは既に人でごった返し、耳に入る人のざわめきがどこか懐かしく思える。
「聖王国からもたくさん見物客が来てるんですって」
 はぐれないように、トリスはシャムロックの腕を掴んだまま大通りを歩く。
「あっ、クレープ屋さんだわ!! シャムロック、ちょっと寄っていいかな?」
「もちろん、君の行きたいところに付き合うよ」
 シャムロックにはさして目的があって来ているわけではなかったから、そう言ったまでなのだが、それを聞いていた見知らぬ客が、にやにやとしたのには二人は気づかない。
「シャムロックは食べる?」
 えっ、とシャムロックは顔をひきつらせる。こういうふわふわした食事とは縁がないから、よくわからなかった。
「うーん……何がいいかな?」
「あたしは断然、生クリームイチゴチョコバナナかな!」
「?? じゃ、じゃあそれと同じので、……いいかな」
「おじさーん! 生クリームイチゴチョコバナナふたつね!」
 あいよ、という店主の返事に、トリスははやくもぺろりと舌を出した。
「クレープ、好きなのかい?」
「ええ! だけどネスがいると好きなだけ食べさせてくれないから……あはは、あたしもたまには息抜きかな?」
 明るく言い放ったトリスだが、それは気遣いなのだと気づき、シャムロックはただ微笑んで返した。
「あ、できたみたい。はい、12バームね」
 はいよ、と店主からクレープを手渡され、シャムロックは思わず目を剥く。
「こ、これは……」
「うん、おいしー♪」
 隣で幸せいっぱいにクレープを頬張るトリスを見、シャムロックは意を決して怪物クレープを口に入れた。
「どう? シャムロック」
 たくさんの生クリームとフルーツの甘酸っぱさが見事に調和し、もちもちの生地の豊かな風味が口いっぱいに広がる。
「ん……おいしい……!」
「本当に? よかったぁ」
 くす、とトリスが笑うので、シャムロックは首を傾げる。
「なんだい?」
「生クリーム、右についてるよ」
「えっ!!」
 慌てて指先を口元にやるが、鏡がないと正確な場所がわからない。わたわたするシャムロックの頬を、そっとトリスが撫でた。
「正解は右ほっぺ! 残念でした~」
 くすくす、と尚もトリスが笑うので、シャムロックはすっかり真っ赤になってしまっていた。
「……あまり笑わないでくれ」
「ごめんごめん! シャムロック、面白くて……あははは」
「え?」
「じゃあほら、はやく食べよ! 次の出店が待ってるわ!」
「あ……ああ、そうだね」
 自分が面白い、とは言われたことがなかった、とシャムロックは思う。むしろ、自分はつまらない人間だと思っていた。トリスはそれを見透かしていたのだろうか。そうでなくてそう言ってくれたのなら、ただ嬉しいと思う。
 シャムロック自身も、トリスといると飽きなかった。居心地が良い、とも言えるかもしれない。明るく笑うトリスは、シャムロックをも明るい場所へ連れ出してくれる。

 二人して一心不乱とも言えそうなくらいにクレープを食した後、手が空いたところでまたトリスに引っ張られて雑踏へ繰り出した。だが、なにやら先ほどよりだいぶ歩きやすい。
「ねぇ、シャムロック」
「うん?」
「なんだか、道行く人たちがみんなあたしたちを避けてるような気がするんだけど……」
 トリスはシャムロックの袖を引っ張ったまま、背の高いシャムロックを見上げた。
「ああ……多分、私を見回りの兵士と間違えてるんじゃないかな。慌てて出てきたから、剣を持っているし」
「鎧着てないのに……ねぇ、その、なんとかならない?」
「うーん……」
 こればっかりは仕方がないと、シャムロックは苦笑した。体躯も良く、もしかしたら目つきも一般人や旅人とは違うと思われているのかもしれない。生来の雰囲気は如何ともし難い。悩んでいると、トリスに腕を引かれた。
「ねぇ、なんか呼ばれてる?」
「え?」
 おーい、と人の良さそうな店主が確かにこちらに向かって手を振っている。
「なんだろう? 行く?」
「そうだな」
「そこの騎士様! 一杯いかがですか?」
「え? さ、酒か!?」
 差し出された椀になみなみと注がれた、特有の香りの液体に、シャムロックは目を見開いた。トリスはそれを二人分受け取ろうと両手を伸ばす。
「せっかくだし、ご馳走になろっか?」
「あ、いや、私は……その、酒は……」
「一杯くらい付き合いなさい!」
 わざと年上ぶって、トリスは遠慮をしないで振る舞い酒を貰う。
「しかし、私は本当に酒はダメなんだよ?」
 椀を手渡され、その匂いにシャムロックは嘔吐きそうになりながらトリスを見た。だが、トリスはいたずらっ子のように笑った。
「一杯ぐらい、あたしも飲んでも平気なんだし」
 婦女子にそう言われては、立つ瀬がない。ついにシャムロックは腹を据えて、目を閉じた。
「……いただきますっ」
「おおっ、いい飲みっぷりだねぇ」
「ちょ、ちょっと!? 苦手なのにそんな一気に飲んじゃ……」
 くいーっと、シャムロックは腰を曲げて一気に飲みきった。
「……ぐっ……」
「シャムロック?」
 喉から腹へ、熱い感覚が走る。脳みそがぴりぴり痺れて、視界がぶれたような気がした。
「シャムロック、だいじょ……」
「あはははは!?」
 なんだか面白くて、笑いが止まらなくなった。トリスが横でぽかんとしている気がする。
「……シャムロックが、こ、壊れた……」


 暗い、闇の中で、黒騎士の声が響く。
「おまえには何も守れない」
 そんなことはない、とシャムロックは叫ぶ。だが、背後からまた違う声がシャムロックを嘲笑する。
「カカカッ、あなたの守るべき民とやらは、これですか」
 鬼が、幽鬼が、こちらを睨む。
 違う、と目を逸らそうとした時、頭上から声がした。あたたかくて、厳しいようで優しい、そんな安心する声。

「……シャムロック?」
 自分を覗く心配そうな少女に、我に返った。
「……あ……トリス……」
「大丈夫?」
「ああ……たった一杯の酒でひっくり返るなんて、我ながら……」
 情けない、と言いかけて、シャムロックは気づいた。トリスがどうして自分の真上にいるのか。慌てて上半身を起こそうとするが、頭がガンガンと痛み、見かねたトリスに制された。
「気にしないで? 飲ませたあたしも悪いし……」
 トリスの膝に頭を預け、情けなさでシャムロックは額に手をやる。
「いや……本当にすまない」
「ううん。それより、気分はまだダメみたいね」
「ああ……」
 いつまでもこうしてるわけにはいかない、と心ではわかっているのだが、ひどい頭痛とやわらかな枕に口は好き勝手に喋る。
「……もう少し、このままでも良いだろうか?」
 言ってしまってから、自分がひどく恥ずかしいことを言ったと思った。
「そんなの、当たり前じゃない。もう無理して立ち上がったりしないでね?」
 まだ酔いが醒めていないのだろうか。火照った顔を隠すように、シャムロックは目元に腕を乗せた。

 それからしばらくして、二人の座るベンチの周りから、つまりは大通りから人が減り始めていた。
「なんだか人が少なくなってきたね」
「……もう終わる時間なのか? だとしたら、本当にすまない、トリス……せっかくの祭りを」
 しかも膝まで借りて本当に情けない、とシャムロックは謝ろうとしてトリスに笑われた。
「多分違うわ。そろそろ花火なのよ」
「花火……」
 トリスは大通りの先の港を見つめる。人々はみな、そちらへ向かっているようだった。
「ここからじゃ見えないから、みんな移動してるのよ」
「そうか……じゃあ、我々も行かないとな」
 ぐっと体を起こし、シャムロックはトリスに笑いかける。頭痛はだいぶ治まり、無駄な高揚感もしない。
「大丈夫なの?」
「ああ、もう平気だよ。迷惑をかけてすまない、ほとんど私の介抱に時間を使わせて……だからせめて花火くらい、見に行こう」
 立ち上がって、シャムロックは深呼吸してから、すっとトリスに手を差し出した。トリスは静かに微笑んで、その手を取った。

 既にトリスはよく花火の見えるところをリサーチ済みだったようで、人気がなく、港が見える砂浜に二人はいろいろと話しながら向かった。
 ちょうど砂浜に着いたとき、最初の花火が空に打ち上がった。夜空を裂く花火の明かりと音に、二人はしばし時を忘れて見入った。
 砂浜に腰を落ち着け、空を見上げながら先に口を開いたのはトリスだった。
「なんか、終わるのが残念だな」
 花火もフィナーレに近づいている。長い祭りももう終わりなのだ。
「トリス……」
「あ、ダメ。謝らないでよ?」
 そう釘を刺され、既に見透かされていることがなにやら可笑しい。シャムロックは笑って、謝る代わりに問うた。
「では、ひとつ聞かせてくれないか。私と祭りを見物して……本当に楽しかったか?」
 いろいろと思い出したのか、トリスは噴き出しそうになりながら頷く。
「そりゃあもう、楽しかったわ! どうしてそんなこと聞くの?」
「君は、私を面白いと言ったのを覚えているかい」
「うん」
「……私はね、自分がひどくつまらない人間だと思う時がある」
「シャムロック……」
 トリスを安心させるために、シャムロックは笑んだ。
「だけど、今は違うのかもしれないと思えるんだ。君と一緒に祭りに来て、とても楽しかったよ。それで、そう思えた。私は楽しめるんだと」
 トリスも、こくりと頷いて満面に笑んだ。花火がその笑みを彩る。
「うん、シャムロックはつまらなくないよ。というか、意外にお茶目なんだなぁって」
 お茶目という言葉はあまり騎士には似つかわしくないが、なんだか嬉しく思う。
「トリスは思った通りに明るくて優しい子だな」
「面と向かって言われると、なんか照れるわね」
 トリスは膝を抱え、花火に視線を移した。
「照れる必要なんてない。むしろ胸を張れるところだよ」
「そうかな……」
 ちらとトリスを見ると、その瞳に浮かんでは消える花火が、やけに綺麗に見えた。
「ねぇシャムロック」
「うん?」
「出かける時に、フォルテの話をしたでしょ」
「ああ……あの人は周りに対して変に気を遣うからね」
 そう言うと、トリスはいたずらっ子のような顔をする。
「あれ、フォルテが言ってたのは本当だけど、一緒にお祭りに行くっていうのは、ちょっと自分で良いように解釈してみただけなんだ」
「……え?」
 砂をいじりながら、トリスは花火を見続ける。
「シャムロックの強さ、あたしも見習わなきゃって思うの。だから、その前に仲良くなろうと思って。シャムロックって真面目でお堅い風だったから、なんか近寄りがたくて……でもそれじゃダメでしょ? だから、嫌がられてもお祭りに誘ってみようかなって」
「嫌がるだなんて、そんなことしないよ」
「うん、今ならわかるわ。だから本当にあたし、シャムロックとお祭りに来て良かった」
 にこりと微笑んだトリスを見て、この少女に一番似合うのは笑顔なのだと改めて思った。
「……こちらこそ、本当にありがとう」
「うん! ……じゃあ、そろそろ帰ろうか? みんなももう帰ってるだろうしね」
「そうだな……」
 祭りに誘われたときには、こんなに名残惜しいと感じるほど自分が楽しむとは思ってもみなかった。
 立ち上がって、トリスが先に歩き出す。
「シャムロック」
「なんだい?」
 背中に手を組み、トリスは呟くような声で言う。
「あたし、忘れない。今日のこと……絶対ね。だから……」
「ああ、私も忘れないよ」
「うん……」
 急に、目の前の少女がか細く見えて、シャムロックは不安になった。
「トリス」
 気づけば、手を握っていた。小さいけれど確かなあたたかさがそこにはあって、ただただ安堵する。
「……帰ろうか」
 当たり前のように、そう言ってみる。驚いて振り返ったトリスは、それを聞いて笑った。ちょうど最後の花火が、その笑顔を照らす。ひどく動悸のするほど、魅力的な笑顔だった。


 モーリン宅に戻ると、ネスティとフォルテが門前で待っていた。珍しい組み合わせもあるものだと思ったが、どうやら二人とも矛先は別々のようだとその表情でわかった。
 ネスティは威圧的に腕を組んで眉をつり上げているが、フォルテは嫌ににやにやしている。
「うわー……やばい」
 あまりのネスティの恐さに、慌ててトリスはシャムロックの背に隠れた。
「……君はバカか」
「まぁまぁネスティ、いいじゃねえの。それよりシャムロック、ちょっとこっち来いよ~」
  変わらずにやにやしながら、フォルテはシャムロックを手招きする。
「なんなんですか、その顔は……」
 嫌な予感しかしない、と思いつつも、逆らえない。近づいたシャムロックの首を、フォルテはがっちりと腕で捕える。そのまま、耳元で小さく「いや~、参ったぜ、俺は? おまえがそんなに手が早いとはなぁ?」とかなんとか、よくわからないことを言うので、シャムロックは首を傾げた。
「なんの話です?」
「おいおい、しらばっくれんなよ~、もうバレてんだから。ああ、でも俺とケイナのやつだけだからな」
「で、ですからなんの話です? バレてるとか手が早いとか……」
 ここに来てようやく、フォルテが不思議な表情を浮かべた。
「……え? まさか、マジでわかんないのかよ」
 なんだかひどくいけない事をした気がして、シャムロックはただ謝るしかない。
「……すみません、フォルテ様」
「おいおい、ちょっと待てよ……だってトリスとデートしたんだろ?」
「でっ……デート!?」
 口にした途端、ぼかりと頭を叩かれる。
「バカ、声がでかいんだよ!」
「す、すみません」
 フォルテはちらりとネスティたちを見やり、どうやら聞かれていないとわかってシャムロックに視線を戻す。
「ネスティに聞かれでもしたら大変だろうがっ」
「えっ、な、何故でしょう」
「あの過保護なネスティのことだ、妹弟子に恋人が出来たなんて知ったら大変だぜ?」
「こっ、恋人!?」
「だから声がでかいんだよ!! このアホ!!」
 ぼかすか殴られ、シャムロックは慌てて口に手をやる。
「ですが、それはフォルテ様の勘違いです。私とトリスは確かに祭りには行きましたが、そういう仲だからではなくて……まだお互いをよく知りませんし……」
 首を強く絞め、にやりとフォルテは笑う。
「ほぉー? シャムロック、おまえ……よく知らない女の子に膝枕してもらうような男なんだな?」
 思わず、シャムロックは噴き出した。
「!? な、何故それを……」
「見たんだよぉ」
 にんまりとするフォルテに、全身に嫌な汗が流れた気がする。
「あ、あれは……色々あってですね」
「どうせ酔っぱらったんだろ? え? まったく、情けねーな」
「はい……っ!?」
 いきなりバンッと背中を叩かれ、シャムロックは咳き込む。反論もできずに顔を真っ赤にして、せめてフォルテを睨んだ。が、フォルテは明るく笑っていた。
「ま、これから頑張れよ!! 応援してやっから」
「だっ、だから、違いますよ!!」
「ほれ、トリス来たぞ!!」
「えっ! ちょ……フォルテ様!」
 フォルテがさっとシャムロックから離れ、それを不審に見ながら、トリスはシャムロックの袖を引っ張る。さっきまで当たり前にしていたことなのに、やけにドキドキしてしまうのはフォルテの言葉のせいでしかない、と思う。
「ねぇ、シャムロックからもネスに言ってよ!」
「えっ、な、何を?」
「別にあたし、危ないことなんてしてないよ! ネスが「君はどうせどこかで何か壊したり喧嘩したりしたんだろう!?」って言うのよ、失礼しちゃう!」
「あ、ああ……なんだ、そんなことか……」
「え?」
「あ、いやいや。ネスティさん、トリスさんは私の気分転換を図ってくれただけで、何も」
 眼鏡の縁をくいと上げ、ネスティはシャムロックを睨んだ。
「……そうですか」
 どうにもこの人は苦手だ。頭が良くて頼りになるが、なんとなくそういう参謀のような人間と仲良くできた試しがなかった。だが、先ほどのトリスの言葉を思い出す。仲良くできないと決めつけていては駄目だ、とシャムロックはネスティを見据える。そうして、気がついた。
「うちのバカが迷惑をかけていたかと思うと気が気でなくて……いや、大丈夫ならいいんだが」
 ネスティの目は睨んでいるのではない、ただトリスへの心配に溢れているだけなのだと。そうとわかると、急に親近感が湧いてくる。多分、誤解されやすい人なのだろう。
「ネスティさん……いいえ、本当にトリスさんは優しくて」
「そうか……お調子者で仕方がないうちのバカのことをよろしくお願いします」
「もう、ネスはあたしのお母さんじゃないんだからー!」
 呆れ顔のトリスを、ネスティは横目で見た。
「当たり前だ、僕は男なんだからな」
 至極真面目にそう言うのが何か可笑しくて、シャムロックは笑う。
「シャムロック?」
 不可思議な表情でこちらを見つめる二人に、なんでもないと言って、やっぱりシャムロックは笑った。なんだか、明るい未来が待っていそうだと、ひどく安穏に思えた。
 祭りは終わったが、すべては始まりだしたのだと、夜空を見上げながら思い、シャムロックはネスティとトリスも促して、門をくぐっていった。

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