階段

変化の予感

 雪に閉ざされた町ナルシェ。そこに続々と集まる者たちがいた。反帝国組織リターナーの面々だった。大々的に帝国に抵抗していたドマ王国が滅んだ今、リターナーは単なる地下組織を超え、世界中にその人員を潜入させている唯一の抵抗勢力となった。
 無事にバナンとティナを送り届けたエドガーに、サウスフィガロから脱出したロック、そしてドマから帰還したマッシュ。
 各々は新たな仲間をリターナーにもたらした。

 ナルシェで見つかった氷付けの幻獣。魔導の力を持つ少女ティナ。二つの因果を巡り、ついにリターナーと帝国の戦いが始まる。
 ナルシェはあくまで中立の立場を主張していたが、サウスフィガロに潜り込んで確かな情報を得たロックと、彼の連れてきた元帝国将軍セリスの言葉により、ナルシェの長たちは渋々、ここを戦場とするのを承諾してくれた。
 幻獣は山頂に移し、可能な限り長く距離を取り、そこまでのルートを死守する。それがリターナーの長バナン、ジュンの考えた作戦だった。
 だが、それに異を唱えたのは、セリスだった。
「幻獣は山頂へ移動させるのはわかる。……だが、相手はケフカ。守りに入れば犠牲が増えるだけ」
 リターナーの重鎮たちの中で、凛としてそう主張するセリスの姿に、マッシュは驚いた。ロックと共に現れた時の弱々しそうな雰囲気は、この軍議の場においてはどこかへ消え去っていた。
「それは攻めても同じことじゃ」
 バナンが抑揚なく言い、首を振る。それに対してセリスは机に広げられた地図を冷静に指差した。
「先に山を登るのは我々の方だ。地の利を生かせば、この戦いでケフカを討ち取れる可能性もある」
「……なるほど。だが、ケフカは魔導士。ヘタに近づくことは死を招く。一体誰に犠牲になれと?」
「無論、私が行こう。私には魔法を無効化する技がある」
「セリス……!?」
「なら、俺も行くぜ」
 慌てるロックを後目に、マッシュは迷いなく名乗りを上げた。セリスが驚いた風に振り向いて、青い目を見開く。
「頼む、行かせてくれ。ドマでケフカを止められなかったのは……俺なんだ」
 あの時討ち損じたことは、今でも鮮明に覚えている。ドマを滅ぼした仇を、この手で取りたかった。
「ならば拙者もご一緒いたす」
 続けてすかさず、カイエンが名乗りをあげた。セリスを信用していないカイエンだが、ドマの最後の侍として、ケフカへの恨みは誰よりも強い。自らの手でケフカを討ち果たしたいという気持ちがあるのは当然のことだろう。
「いや、俺の代わりにカイエンはガウを支えてやってくれないか」
「しかし……」
「必ず俺が仇を討つから」
 しかし、マッシュはそれをやんわりと退けた。今のカイエンにもし、ケフカを斬らせたら一体どうなってしまうのだろうと、恐れたからだった。カイエンの刀は深い恨みに支配され、本来の美しさを失っている。すべてのエネルギーを注いで復讐を成し遂げて、それでカイエンがこの後どう生きていくというのか、マッシュには、深い深い暗闇を見つめるかのように、何も見えなかった。誇り高いドマの侍の系譜が、ここで自らその誇りを捨てて絶えるなど、許されることではないだろう。
 しかし、それをマッシュが安易に口にすることはできなかった。だからこそ、代わりに戦う。そのために、もう腹を括っている。
「……ってことで、それでいいか?」
 マッシュの問いに、セリスは答えない。その代わりにエドガーが頷き、その場をまとめるように地図を指し示す。
「山頂へのルートは三つ。だいぶリターナーも賑やかになったし、お前たちを別行動させても問題は少ないだろう。それで構いませんね?」
 バナンたちに向けての問いかけは、肯定的な雰囲気でもって受け入れられたようだった。ふむ、と腕を組んだエドガーのその肩をロックが掴む。
「おい、ちょっと待てよ。セリスはまだ本調子じゃないんだぜ」
「私のことなら心配は要らない」
「だけど……」
「ロック。俺も一緒に行くし、大丈夫だ。任せとけ」
 何事かを逡巡した後、ロックは渋々頷いた。
 そして数刻後、ナルシェの戦いは幕を開けた。

 ナルシェ山頂付近で、マッシュはセリスを連れて待機場所に向かっていた。
 新雪を踏む、さくさくという足音だけが、二人を囲む。
 後ろを歩く、セリスという娘。カイエンの言う様な極悪人には見えなかった。少なくとも、ケフカと同類では全くないように思えた。先ほどの態度からは、むしろ帝国陣地で見かけたレオ将軍のような、さっぱりとした武人らしさがあった。
 それでいてまるで人形のように見目も麗しいとは、いかにも不思議だった。元帝国将軍だとは聞いたが、これまで一体どのように戦場に立ってきたのだろう。
 会議が終わった途端に彼女は兄に口説かれていたが、冷たくあしらっているように見えて、どこか困っているようでもあった。ロックとは普通に会話していたし、一見すると無口そうに見えるだけで、もしかしたらティナと同じ様に、意外と普通の娘なのかもしれない。
「あの……」
 不意に、セリスが口を開いた。聞き間違いかと思ったが、マッシュは立ち止まって振り返る。
「うん?」
 それに合わせてセリスも立ち止まると、俄に剣の柄を撫でながら、寒さで青ざめた唇を言いづらそうに開いた。
「共に戦う前にひとつ、言わせてくれ。……ドマの件は、私の責任だ」
「え?」
「ケフカが毒をドマへ持っていったのは、私のせいだ」
「……どういうことだ?」
「私がサウスフィガロで捕らえられていたことは言ったな。……それは、ケフカのせいだ」
「? ああ。それで……どうしてドマと関係が?」
 セリスは、その端整な顔を途端に歪ませる。
「本当なら、奴はサウスフィガロで毒を使うつもりだった」
 セリスの言葉に、マッシュは激しく動揺した。では、元はサウスフィガロがあんな目に遭うはずだったのか。
 ドマで聞いた、叫び声が耳に甦る。やがて静寂に包まれたあの、非現実的な、どうしようもないほどの現実を。
「すまない……」
 沈黙したままのマッシュに、セリスは再び謝った。頭を下げようとするのを、やんわりと片手で制して、マッシュは一度、首を振る。
「いや……謝るのは俺の方だ」
「……え?」
 ずっと、サウスフィガロを気にかけていた。あの時、あの場で守ろうとしたのはドマだったが、真実守りたかったのはきっと、フィガロだった。結局どちらも自分の手は届かなかったが、まさか帝国の人間がフィガロを守ろうと思ってくれていたとは、考えもしなかった。
「サウスフィガロを救ってくれたんだな……ありがとう」
「それは違う、私はただケフカの所業をその場しのぎに止めただけで、……救えてなど、いない。……代わりにドマが……あのようなことに……」
「まさか。サウスフィガロは今も、民達は元気でいてくれているだろ? それはセリスのおかげに違いない、……その後にドマが滅びてしまったのは、俺の力が至らなかったせいだ」
 カイエンがセリスを斬ると言ったとき、それは筋違いだとマッシュは思わず口に出してしまった。カイエンが憎むべきは、帝国の人間だったセリスではない。ケフカの非道を止められなかった、この無力な男なのだと。
 そしてそれはやはり正しかったのだ。セリスが紡いだ細い糸を受け取ることが出来ず、むざむざと、あの所業を許してしまった。
 自分の甘さを、罪深さを、許す気にはなれなかった。例え誰もがケフカのせいだと言ったとしても、自分だけは己が罪深いのを知っている。
「貴方は悪くない」
 セリスは強く、そう言った。
「元凶は、ケフカが……皇帝が、狂っていることだ」
「……そうだな。じゃ、セリスも謝るのは禁止な?」
 えっ、とセリスは驚いた顔で見上げる。それにマッシュは笑ってみせた。
「じゃ、うだうだ言うのはここまでにして、……行くか! 背中は任せたぜ、セリス」
 一瞬気後れした風に瞬いてから、セリスはこくりと頷いた。

 戦いは、やはり地の利を生かしたリターナーの有利に進んだ。先鋒として最前線で駆け抜けたマッシュとセリスの二人がケフカの目前まで迫ったこともあり、その勢いに押されたのか、帝国は極めて短時間に敗走していった。
 だが、守りきった山頂の幻獣と近づいた途端、ティナは激しい光を身体中から放ち、辺りに魔力を暴発させて、淡く光りながらナルシェから飛び去ってしまったのだった。

コメント

  1. 以前からのストーカー より:

    更新作業、お疲れ様です!

    旧サイトで何度も読んだのに少しブラッシュアップしたせいなのかすごく新鮮な気持ちで読んでいます
    たらこさんのマシュセリを読む前はナルシェ攻防戦でロクセリにしていたのを今ではマシュセリコンビにしちゃってますからねぇ
    というか、ロックはすでに盗むをさせる以外は使わなくなっちゃいましたよ
    4人パーティーならエドティナマシュセリにしちゃいますもん
    並びもちゃんと隣にしたりとか…
    続きもゆっくり更新してください
    本については旧サイトの方に書き込みさせていただきました

  2. ご感想ありがとうございます~
    度々こんな長い話お読みいただき、ありがとうございます… 

    私自身も本作と向き合うの久々なので、ちょっと新鮮ですね…
    ロックは良くも悪くも工作要員なのだろうと思うので、前線に行くか?というとやや描写に困るところもあり、あまり話に出てこない羽目に…(そも弊サイト全体的にロクセリ要素薄いので、今更ですが…)

    ちなみに私は低レベル攻略しがちなので、ナルシェは主力班(セリスと双子と誰か)で雑魚スルーしてケフカ叩いて終わりますね。全く防衛してない…

    ※文庫の件はもちろん、カウント済みなので大丈夫ですよ…!ありがとうございます…!

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