年が明ける。その概念は、太陽と月の下に生きる各国世界中にあるものではあった。ただし、一際特殊な文化を持つ国ドマだけは、その日から数日間を祝祭日とするならわしがある。
復興の最中にあるドマは、なんとか文化的な再興を試みようと尽力しており、各国要人を招いての新年会は、その一つだった。
いまやドマ復興の要として働くカイエンから招待を受けて、セリスもまた、船を乗り継いで新ドマ領に足を踏み入れることとなった。祝いの席に元帝国の兵士だった己が混ざっていいものか不安があったが、かつての仲間達が皆呼ばれていると聞き、ならば断るわけにはいかないと思った次第だった。
「セリス!久しぶり」
「……ティナ!」
船から会場に降り立ってすぐ、ふんわりと笑ってこちらに手を振ってくれたのは、かつての旅の仲間であり同じく帝国で育った少女ティナだった。
「久しぶりね、あら……それは、ドマの装束?」
「ふふ、そうなの!カイエンが色々手配してくれていて……見て、髪もよくわからないけど、綺麗でしょう?」
「ええ。素敵、とっても似合っているわ」
キモノと呼ばれるドマの装束に身を包んだティナは、美しい緑髪を結い上げて、珊瑚やパールの髪飾りで彩っていた。ドマの花なのだろう、薄ピンクや濃い赤色の花弁が舞うキモノは、ティナの髪色と相まってよく似合っていた。
「ふふ、ありがとう!セリスもきっと似合うわ」
「……?私?どういう……」
「あっちで着付けてくれるのよ。さ、行きましょう」
「えっ?ちょ、ちょっと……?!」
こうなるとティナは思いの外強引で、一歩も引かない。さあさあ、こっちよ、と手を引かれるまま小屋に導かれると、多くの女性がこちらを見つめてにこりと笑んでいた。これはきっと、蛇に睨まれた蛙の気持ちと同じだろう。
「セリス様ですね、こちらへ。お支度させていただきます」
「い、いえ、私は……お気持ちだけで」
「大丈夫です、きっとお気に召すお着物がありますから。この日のために多くの反物を揃えましたのよ」
何を言っても華麗に受け流される、と直感して、セリスは一度ティナを振り返ってから、粗方観念して、頷いた。
「あら、やっぱり背筋が綺麗な方は何を着ても似合いますわねえ……」
あっという間に着替え終わり、続いて髪も簡単に結ってもらい身支度が終わると、ドマの女性陣は惚れ惚れとした風にそう漏らした。
居心地が悪い気もしたが、鏡に映る己を見ればセリス自身も少し、目を見張る気持ちがした。なんと美しい着物だろう。鮮やかな黄色の花が、弾けんばかりに咲き誇る柄に、落ち着いた腰布が全体的に整った雰囲気を思わせる。無意味に長いだけと思っていた袖は、しかし目に美しく華やかだ。
「セリス、……まあ!思っていた何倍も素敵!……うふふ、髪型は私とお揃いね」
ちらりと奥から現れたティナは、髪飾りを鳴らしてうんうんと激しく頷いている。それに苦笑しながら、セリスはひよこのような遅さで歩み寄った。奇妙な靴も相まって、なんとも歩きづらい、足の開かない装束だと思わざるを得ない。緊急時はどうするのだろう。
「あのね、セリス。こうやって小さく歩くといいらしいの」
「う、ううん……そうみたいね……頑張ってみる……」
ティナは少し慣れた風に、ちょんちょんと小股に可愛らしく歩いてくる。真似してみても、関節がおかしくなって転びそうになる。これは大変だ。
「うーん、なかなか難しいのね……」
「ドマのドレスみたいなものなのかしらね。ふふ、着慣れないから大変だけど、すごく素敵な装束よね」
「それはそうね、……あっ、」
微妙な地面の凹凸に突っかかり、前につんのめってしまった。前に出して踏ん張ろうとした足は、着物に邪魔されて出せない。
「セリス!」
転ぶしかない、と思って受け身を取ろうとした時、だった。
太い腕が、腰の布をがしりと抱いた。
「あ、あら……」
「よう、セリス。大丈夫か?」
片腕でひょいと簡単にセリスを抱き止めてみせた、こんな芸当ができる男は生憎、そう多くは知らない。
「マッシュ、……久しぶりね、ありがとう」
「ハハ、そうだな。久しぶり!ティナも、……おお、二人とも着物、よく似合ってるぜ」
人好きのする顔で、マッシュはからりと笑った。ドマからの招待を受けて、彼もまたフィガロからここに来ていた。カイエンとは深い繋がりのあるマッシュは、ドマ文化にもやや詳しいらしかった。既に彼もまた着物姿ではあったが、なにやら紐で肩周りを結び上げて、すっきりとした出で立ちに見える。手助けしてくれた腕から離れて、セリスは繁々とその姿を眺めてしまった。
「……マッシュはなんだか馴染んでいるのね、……私はまだ着られているような感じで……参ってしまうわ」
「慣れるまでは歩きづらいよなー、まあ、ゆっくり歩いて……」
「ティナ!!セリス!!なんと美しい、……春がもうやってきてしまったのかと思ったよ」
マッシュの背後から賑やかな声がして、セリスはついいつもの癖で、頭痛がしてきてしまう。ティナもまた、セリスの後ろで苦笑いしていた。
「エドガー。貴方ももう来ていたのね」
マッシュがいるなら当然、その兄であるエドガーもいる。彼の悪いクセはどうやら変わっていないようだ。
「……相変わらず、元気そうでなによりね」
ティナのその言葉に他意はないが、セリスは別の意味合いで、大きく頷く他ない。実際、青い着物は彼の立派な体躯によく似合っていて、すこぶる見目は良い。マッシュとそう変わらないものを着ているように見えるが、エドガーが着ると、どうしてこうも高貴な身なりに見えるのだろう。
「勿論。君達のエスコートのために馳せ参じたわけだが……無粋な弟に先を越されてしまったようだ、申し訳ない」
「兄貴が着付けの係のひとにあれこれ話しかけてるからだろ……迷惑してたぞ、あれは」
「何を言う。あれは異文化交流だ。大事なコミュニケーションだよ。ドマのレディはシャイで、照れた顔もまた可愛らしく……」
はー、とマッシュが大きなため息を漏らすその様は、あまりにもいつもの通りで、まるであの頃の旅の最中に戻ったように錯覚してしまう。くすくすと思わず笑ってしまうと、二人ともにちらりと見つめられた。
「そうそう。あんまり緊張しないように、な」
「うむ、ほとんど顔見知りなのだしな。……さ、行こうか、レディ達?」
エドガーにするりと腰を抱かれそうになり、それをなんとか避けつつも、セリスは前にゆっくりと進んだ。
新年会の会場は、石畳の上に、赤い布が敷かれた長椅子がいくつも並んでいた。既に見知った顔が集まりつつあり、手を上げて挨拶しようとしたが、着付けがずれてしまうからとマッシュに制されてしまった。
「でもマッシュは随分と……身軽じゃない?」
「ああ、これは……襷掛けしてるからな」
「た、たすき……?これのこと?」
「そ。まあ……俺はこういう方が似合ってるだろ?」
そうね、と応えながらも、同じ顔のエドガーがあれだけ似合っているのだから、不毛な比較なのではないかと思わないでもない。
「おお、マッシュ殿、それにエドガー殿。ティナ殿に、セリス殿も。お待ちしておりましたぞ」
戦士の格好ではなく、カイエンもまた、ドマの着物に身を包んでいた。全くもって着られているような雰囲気などなく、当たり前にこの装束を着こなしている。なるほど、これが本物か、とセリスはふと思ってしまった。
「カイエン。お招きいただき、こちらこそ感謝している。それにこの着物も、素晴らしい経験だ」
「いやいや、エドガー殿はさすがに男前でござるな、既に着こなしておられるとは……」
「着こなしというなら、この麗しのお二方には敵うまいよ」
話を無理矢理振られて、カイエンに挨拶する。
「まさか私のようなものまで呼んでもらえると思わなかった、……ありがとう、カイエン」
「なんの。……ドマは新しく、蘇りますぞ。過去の確執など抱き続けてなんの足しになろうか」
ふ、と目尻にシワを寄せたカイエンに、セリスはただ、頭を下げるしかない。
「おやめくだされ。……さて、新年の祝いの食事を用意しているところでござるが、今しばらく時間がかかるでござる。それまで、ドマの菓子をご賞味いただきたいと思うのでござるが……いかがかな?」
「お菓子……?」
「うむ。ドマでは季節に合わせて菓子を作るのでござる。新年ならではの餅を、ご用意いたそう。……そこに座っていてくだされ」
にこりと一際嬉しそうに笑むと、カイエンはそそくさと他の係のものと連れ立って奥に引っ込んでいった。
仕方なく、その場の四人で赤い長椅子に腰掛ける。間もなく、着物の女性が鉄瓶とカップを持ってきてくれた。
「こちらはドマの緑茶でございます。ぜひ……」
熱々の茶を独特のカップに淹れて、女性はするすると下がっていった。慣れればあんなにもスムーズに歩けるようになるらしい。
「うーん、さっぱりして美味い……兄貴、これ買って帰ろうぜ」
「そうだな、淹れ方も聞いておこう」
割にきちんと異文化交流をしているらしい二人を横目に、セリスも茶を飲んでみる。苦みが強いが、不思議と落ち着く味わいだった。
「四人方、お待たせしたでござる。……これが、新年の菓子、花びら餅でござるよ」
「花びら餅……まあ、綺麗……」
カイエンが持ってきたのは、小ぶりな真っ白い菓子だった。半月型のそれは、粉をはたかれてツヤツヤとしている。真ん中の生地が薄いのか、ほんのりと中の色が透けてみえて、そして何故か木の棒のようなものが貫通して、横向きに突き刺さって伸びていた。
「……もちもちとした生地に、餡を載せまして。そこにゴボウという根菜を甘く煮たものを加えて、こう、ぱたりと閉じた菓子でござるよ」
どうぞ、と勧められて、セリスは恐る恐る、その白い部分に指を伸ばす。ふわりと、想像以上にやわらかな生地。
「この薄くて、色が波打つ様な感じが、本当に花びらのようだわ……食べるのが勿体ないくらい」
「フフ。そう言っていただけると嬉しいでござるな、……ガウ殿に先に食べさせてみたのでござるが、勢い良く食べられてしまい…………」
少し肩を落としたふうなカイエンに苦笑しつつ、セリスは餅を食んだ。むっちりとした生地が、伸びる。中の餡は上品な甘さで、しっとりとした食感はこれまた緑茶とも合う。
「おいしい!すごくモチモチして、甘くて、…………」
鈴の音のようにはしゃぎ、ティナがんむんむと頬を膨らませて興奮している。それくらい、初めて食べる食感だった。こんなものは帝国では見なかった。
「本当、……見た目も綺麗だし、味も美味しいし……素晴らしいわ」
「……うむ、うむ、気に入っていただけてなによりでござる……!」
こんなに素晴らしい文化が、世界から消されようとしていた。ガストラ帝国がしようとしていたことは、ケフカがしようとしていたことは、そういうことだった。それを痛感させられる。
「セリス、また難しいこと、考えてる……?」
「えっ」
ティナの紫の目が、不安げにセリスを見上げていた。慌てて笑みを貼り付けたが、ティナの目は変わらない。
「………そうね。こんなひとときを、これからも未来へ繋げていかなくちゃね、って、思って」
「うん。……私、モブリズの皆にも教えるわ。こんなに素敵なお菓子やお茶や、服が、……世界にはたくさんあるってこと。そのどれもが素敵で、素晴らしいってこと」
ふふ、と笑ったティナの頬についた白い粉を払ってやりながら、セリスもそれに頷いた。
「そうね、ちゃんと……伝えていきたいわ、私も」
消えてしまったもの、消えずに残ったもの、消えないように誰かが守り通してきたもの。それを未来へ繋ぐ箱船に、なれるように。
「おう、難しいことは抜きにしようぜ!……まだ本命の食事っての、食べてないんだしさ」
あっけらかんと笑うマッシュに、セリスはつられて笑ってしまった。
「それもそうね、まだまだ楽しみはいっぱい、……あるのだから」
新年の風は、ご馳走とともに香しく吹き抜けていく。これからの世界を祝いながら。
コメント
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします
セリスの着物姿を想像して思わずにんまりしてしまいました
マシュセリも良いですがこういうほのぼのしたのも良いですね!
明日から仕事ですがお互い頑張りましょう…
今年もよろしくお願いいたします~!絶賛お仕事始めですが……うう、連休儚かったですね……
背の高い痩せ型の人は着物のシルエット整えるのが大変そうなイメージですが、まあ、凄腕の着付師がいるんだろうなと……
柄をあれこれ見るのも楽しいだろうな~という気持ちです…!新春恒例で着物お着替えやっていってほしいなあ~…
新作、読みました。
ドマは日本の文化を取り入れられていて、凄くいいなぁと思いました。
ティナやセリスの着物姿も想像すると思わずほわりとしてしまいました。
ドマの結婚式の姿もきっと和装かなぁとか想像してみたり。
きっとカイエンの妻ミナさんの結婚式の姿も美しかろうなぁと思ってしまいました。
話がズレてしまいましたが、この話もいいなぁと思ってしまいました。
ドマには桜の花が咲いていて、皆でお花見とかしてそう……。
ご感想ありがとうございます~!
復興が進んだらお花見会とか、月見会とか、ことある毎にイベント開催してみんなを招待してくれたらいいなと思いますね~…
季節のイベントごとにカイエンはご家族との思い出を振り返るんだろうなと思うと、なんとも……でも、新しい思い出も積み上げて、さみしさなんて感じない今後を過ごしてほしいですね~……